2017年04月09日

たかが聴く、されど聴く


昨夜の懇親会の興奮がいまだ冷めやらぬ私です。


実は昨日の昼間には、嫁とドライブがてらこんなのも食べちゃったりしていました。


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☆下山の古民家風のお店で食した猪鍋定食です。


美味しいものをたくさん食べて幸せになった私ですが、その結果についてはこれから頑張って責任を取ります。




さて、昨日の会では総会の後でしっかり勉強もしてきました。


ひさしぶりの傾聴訓練です。


しかし産業カウンセラー同士が集まって、傾聴訓練という言葉が出たとたん、なぜだか急に皆さんの目が泳ぐ泳ぐ


やはり「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、あの養成講座での傾聴実習は、今振り返ると異様な緊張を強いられる場であったことは間違いなく、そこで初めて傾聴を学んだ方の多くが、傾聴訓練とは厳しく辛く恥ずかしいものというイメージを持ってしまったのかも知れません。


もちろん私も皆さんと同様にあの傾聴訓練を体験してきたわけですが、正直に言って傾聴訓練に対する抵抗感はほとんどありません。


特別に好きなわけではありませんが(体験学習ならグループワークが一番好きです)、やれと言われれば、いつ 何時、誰の話でも聴くという感じです。


傾聴訓練ではセッションの後に振り返りがあり、そこで観察者から様々な意見、感想を出してもらうことで、カウンセラー役、クライエント役として何がしかの気づきを得て学びに繋げるという流れになります。


そういう意味ではセッション自体の目的というのは、上手にカウンセラー役をこなすことではなく、参加者により多くの気づきを得られるような題材であるかどうかなのです。


上手にやろうとか失敗しないようにやろうと思った時点で、カウンセラーの意識はクライエントから離れてしまいます。


指導者や周りの観察者の目を意識したカウンセリングは、いくら振り返りで褒められても、クライエントの援助にはならないし、たいした気づきも得られない、というのが私の考えです。


私は産業カウンセラーの養成講座を受ける前に、既にプロの臨床家の先生からカウンセリング、傾聴を学んでいました。


その先生に言われたのは「自分が何のためにその場所に座っているのかを常に意識すること」という言葉です。


つまり周りの目が気になるのはクライエントに意識が集中していないクライエントの話がしっかり聴けていないから、ということなのです。


振り返りの際に、要約、見立て、主訴などと言う言葉が使われますが、私自身は15分程度のセッションでそういうことを意識しながら話を聴くことは殆んどありません。


それよりも相手の言葉の意味、表情や態度の変化、目の動き、話す速さ、間や沈黙の意味などを頭の端っこのほうで意識しながら、基本は全身全霊で聴く姿勢で取り組んでいます。


ただ相手の話を聴くという単純なことですが、やはり傾聴は奥が深く難しいものです。


そして聴き手であるその人の全てが傾聴に表れるのだと思います。


傾聴を通して今の自分をさらけ出す覚悟がなければ、やはり腰の引けた中途半端な聴き方になってしまうのでしょう。


上手い下手ではなく、どこまで熱意を持って聴けるか、聴けているか、を問われるのが傾聴訓練なのだ。


私はそう捉えて実践しています。


傾聴訓練のあり方については各個人で考え方が違うと思います。


今回の記事に感じることがあればいろんなコメントを頂きたいと思います。






6月10日(土曜日)に、私個人の主催でグループワーク(構成的エンカウンター)を名古屋駅近くの会場で開催する予定です。


早ければ今週中にも詳しい内容が発表できると思います。





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posted by おやじカウンセラー at 22:42 | 愛知 ☁ | Comment(4) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あの鐘を鳴らすのはアナタ?


昨日は私が所属している自主学習グループの総会がありました。


会の発足からこの春で3年目に入ります。


一会員にすぎない私がこんなことを言うのはエラそうなのですが、この2年で会のまとまりも活動内容もぐんぐん良くなっています。


会員もなかなかの実力者&くせ者ぞろいなのです。(もちろん良い意味で)


基本は産業カウンセラーとしての学びがベースですが、会員それぞれが学んだり体験したり仕事にしたりしていることを、毎月の活動でシェアするようなスタイルは、なかなか面白いし勉強の幅が広がります。(^O^)/


皆さんからプラスの刺激をたっぷり受けて、自分も頑張ろうという気になります。


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☆皆さんが満面の笑みを浮かべている理由の99%は食べ物だと思います。


昨夜は懇親会もあり、お洒落なビュッフェ形式のお店で思う存分飲んで食べて、まさに至福のひととき


ただねえ、この場を借りて会長さんにひとこと言わせてもらいますが、いったいどういうつもりでこのお店を選んだんですかっ


料理もスイーツも飲み物もあまりに美味しすぎてしかもお値打ちで、私なんか5回もおかわりを取りに行ってしまいましたよ!


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おかげで今朝体重計に乗ったら・・・やっぱりね


会長さんだって、他人事ではないはずですよ。



まさか、個人的にまたあのお店に行こうとか思ってませんよねー(-_-)


それにしても、ローストビーフが焼きあがったときに鳴らされるあの鐘の音が、いまだに頭の中でリフレインしているのは私だけかなあ・・・



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posted by おやじカウンセラー at 19:09 | 愛知 ☁ | Comment(2) | 日々の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月03日

個人的な話


4月になり、新年度の自治会活動が始まりました。


私は自治区長を補佐する立場です。


昨夜、今年度初めての集会があり、配布された資料等から私(嫁含む)が関わる予定を、A3用紙に書き出してみました。


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まったく見るだけで嫌になります(−−〆)


膨大な予定数ですが、日常的な回覧物の配布や突発的な弔事の対応は入っていません。


土日だけでなく平日も予定が入っていますし、8月などは6日間のお盆休み中に4日間も行事があります。


早くも希望していたカウンセリング勉強会への参加が出来なくなり、多少なりとも仕事にも影響が出ることは必至です。



350世帯に届こうかという大所帯の地区であり、おまけにどんどん高齢化が進んでいて、どうしても働き盛りの40代50代が面倒な役を引き受けざるを得ない状況です。


日本はどんどん高齢化が進んでいるので、同じような問題を抱えている自治体は多いと思います。


おまけに高齢者の中には、自分が動くのは嫌がるくせに口だけは達者な方がちらほらいらっしゃいます。


年功序列社会で現役時代に活躍された記憶が忘れられないのか、役を押しつけられた若手(と言っても40代50代ですが)の役員を、使い走り程度にしか思っていないのでしょう。


私は子供の頃から温厚な性格だと思っていましたが、最近は横柄でエラそうな態度を取られると、けっこうな頻度で腹が立ちます。


ところが私が補佐をする区長さんは、同年代で仕事もかなり忙しい立場でありながら大変な役目を引き受け、さらには(一部の)エラそうな高齢者に対しても、常に低姿勢で真摯な対応をしています。


傍で見ていて本当に立派で、人格者だと感心するばかりです。


私も責任はきちんと果たしたうえで、後は大人しくしていようと思いますが、さてどうなることやら・・・


どこかで一戦交えることになりそうな予感がしてなりません。


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心穏やかな生活というのは、なかなか簡単には手に入らないものですね。





いよいよ4月9日(日曜)に「自然体とくつろぎのお話し会・春」と題してエンカウンターが開催されます。


私も初めての非構成的エンカウンターの体験をとても楽しみにしています🎵


詳細はこちらからどうぞ⇒「自然体とくつろぎのお話し会・春」




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posted by おやじカウンセラー at 21:44 | 愛知 ☀ | Comment(4) | おやじのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月02日

「パッセンジャー」は宇宙が舞台のラブ・ストーリーだった


昨日はアンゲームと花見の後、長男を新安城駅まで送ってから2か月ぶりの映画鑑賞へ・・・





それほど期待してなかったけど、思いのほか面白かったなあ。


SF映画だけど、これはラブ・ストーリーだねー


ストーリーがシンプルで、登場人物が少ないのも感情移入しやすくてグッド


この季節は、花見帰りに映画鑑賞もいいですね🎵




4月9日(日曜)に「自然体とくつろぎのお話し会・春」と題してエンカウンターが開催されます。


詳細はこちらからどうぞ⇒「自然体とくつろぎのお話し会・春」




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posted by おやじカウンセラー at 08:11 | 愛知 ☀ | Comment(0) | 映画の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

花も嵐も 踏み越えて 行くが女の 生きる道 ・・・


今年の桜は随分のんびりしていますね


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今日はカウンセリングルーム杏速水先生が主催するアンゲームに参加してきました。


私にとってアンゲームは、自己開示と他者受容の体験の場であり、さまざまな人たちとのふれ合いの機会でもあります。


今回は少人数だったこともあって、いつも以上にじっくりと話し、じっくりと聴くことができ、とても有意義な時間を過ごせました。


アンゲームに参加される方たち(特に女性の方)「生き生きと自分らしく誠実な人生をおくりたい」という意識の高い方が多いように感じます。


それなりに歳を重ね幾多の苦楽を経験し、地に足のついた生活を守りながらも、自身の夢を語る女性の姿は、男性よりもずっとずっと力強さを感じます。


【旅の夜風】という昔の唄の歌詞に「花も嵐も 踏み越えて 行くが男の 生きる道」という一節がありますが、どう考えても「行くが女の 生きる道」のほうがぴったりだと思います。






午後からは小雨の中を岡崎公園の花見に出かけました。


ちなみに速水先生のルームは、名鉄東岡崎駅からのんびり歩いても15分程と交通の便も良く、さらには乙川の堤防が目の前で、岡崎公園までわずか数分という、とても環境に恵まれた場所にあります。


ひさしぶりの岡崎公園での花見でしたが、桜はまだまだ蕾が多く、花見というより屋台巡りといった感がありましたが、蕾桜もなかなか風情があってとても心が癒されました🎵


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岡崎市最古の神社である菅生神社で参拝し、「祓え給い、清め給え、神(かむ)ながら守り給い、幸(さきわ)え給え」と、あらためて今年度のお唱えをしました。



お土産に花見団子といちご飴を買い求め、3時ごろには帰宅しました。


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初めていちご飴なるものを買ってみましたが、次男と嫁の感想は「なかなか美味しいよ😋」だそうです。


同じ屋台で売っていた、葡萄飴というのも気になったなあ・・・



ところで、今年度の目標として、構成的エンカウンター(グループワーク)の自主開催を掲げてるのですが、とりあえず6月の第2土曜日あたりに、名古屋で開催する方向で考えています。


今月の中旬までには正式な案内が出来ると思うので、今しばらくお待ちください。

<(_ _)>





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posted by おやじカウンセラー at 23:31 | 愛知 ☁ | Comment(0) | 日々の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

保守的な生き方と起業家


「保守的」といっても政治の話ではなく、人の生き方や生きる姿勢についての話です。


イギリスの政治哲学者マイケル・オークショットは、保守的であることについて次のように述べています。


保守的であるとは、見知らぬものよりも慣れ親しんだものを好むこと、試みられたことのないものよりも試みられたものを、神秘よりも事実を、可能なものよりも現実のものを、無制限なものよりも限度のあるものを、遠いものよりも近くのものを、あり余るものよりも足りるだけのものを、完璧なものよりも重宝なものを、理想郷における至福よりも現在の笑いを、好むことである。得るところが一層多いかも知れない愛情の誘惑よりも、以前からの関係や信義に基づく関係が好まれる。獲得し拡張することは、保持し育成して楽しみを得ることほど重要ではない。革新性や有望さによる興奮よりも、喪失による悲嘆の方が強烈である。保守的であるとは、自己のめぐりあわせに対して淡々としていること、自己の身に相応しく生きていくことであり、自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを、追求しようとはしないことである。
これらは、一人前の大人ならば、当然備わっているべき態度の一つだと思います。



これを読んでよくわかりました。


私はどこからどうみても保守的な人間だということです。


確かに私はゼロから何かを立ち上げるということが苦手です。


既にあるものをベースに改良したり、改善することは出来ても、新しく何かを生みだすことは私には向かない(出来ない)と思っています。


なので私は社会人になってからずっと組織(企業)で働いているのです。


被雇用者にとって仕事とは自分でゼロから生み出すものではなく、雇用者から与えられるものをより良いカタチで実践するものなのです。


それに対して起業家というのは、仕事そのものを生み出す能力が要求されます。


起業家にとって集客が最も難しいと言われますが、本当に成功するために必要なのは単なる集客ではなく、顧客そのものを新たに生み出すことなのだと思います。


全くのゼロから生み出すとまではいかなくても、他者に先駆けて新たな価値を見いだす能力がないと、起業家としての成功は難しいのでしょう。


そう考えると、決して市場が大きいとは言えないカウンセリング業界に、カウンセラーとして新規参入するためには、他には簡単に真似のできないような付加価値が求められるわけです。


起業家というのは自分自身という商品に、どれだけ新たな付加価値を付けられるかが成功の秘訣なのですね。


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保守と革新のどちらにせよ、意識して変えられるものではなく、自分の傾向がどちらにあるのかをきちんと見極めて行動することが大切なのだと思います。


私は保守的な人間でこれからもそうであることは間違いないのですから。






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posted by おやじカウンセラー at 00:10 | 愛知 ☔ | Comment(0) | おやじのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

タブロイド思考な人


まだまだ朝晩は肌寒い日もありますが、もう季節は春ですね。


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4月1日(土曜)には、岡崎市でカウンセリングルーム杏アンゲーム講座に参加した後、参加者の方達とプチ花見に行く予定です。




さて、世の中には物事を複雑に捉える人と単純に捉える人がいます。


単純思考で物事を考える人をタブロイド思考タイプというそうです。


〇〇さんはお金持ちだけどいつも上から目線で、無神経で意地が悪い人なの・・・


△△さんはご家族に障碍者がいるのにいつも明るく前向きで素晴らしい人だ・・・


こういうのもある意味、単純思考でレッテル貼りをしています。


わかりやすいキーワードで物事を決めるのは、時として危険ですらあるのです。


特にカウンセラーであれば、人に対して先入観を持つことは、相手への理解を妨げることに繋がります。


生身の人間というものは決して一筋縄ではいかないものなのです。


例えば・・・


教育熱心で素晴らしい実績もあり、周囲からの信頼も非常に厚い教師が、実は不倫をしていて家庭では配偶者に対してDV行為をしている。



例としてはあまり良くなかったかも知れませんが、程度の差はあれこうした二面性を持っている人は珍しくありません。


二面性どころか三面も四面もの顔を持っているのが人間なのです。


とはいうものの、こうして自分の考えを文章にした時点で、すでに物事を単純に決めつけているのかも知れません。



人間というものは表も裏も良い面も悪い面もあって当たり前なのだ。



そうレッテル貼りをしていると捉えられても仕方がない記事を書いているからです。


タブロイド(単純)思考の人は、ステレオタイプなパターンで物事の答えを出しているかもしれませんが、それに対して複雑思考タイプの人は、エンドレスな思考ループにはまり込んでいて、答えを出すことを放棄しているのかも知れません。


ただ誤解されたり非難されるのを承知の上で言わせてもらうと「ステレオタイプのタブロイド思考の人の話はつまらなく、あまり会話が弾まない」と、私はそう感じることが多いです。


と言っても私は単純思考の人が嫌いなわけではありません。


素直で裏表がなく正直な人が多いのもこのタイプです。


なにより私の嫁は、ガッチガチのタブロイド思考タイプなのですから。


(;^ω^)




4月9日(日曜)に「自然体とくつろぎのお話し会・春」と題してエンカウンターが開催されます。


詳細はこちらからどうぞ⇒「自然体とくつろぎのお話し会・春」


私も参加しますが、どんなエンカウンターになるのかとても楽しみです🎵




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posted by おやじカウンセラー at 22:11 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

やたらとエラそうな奴ら


最近のテレビは必ずと言っていいほど同じようなニュースが流れていますね。


豊洲市場移転と森友学園に関するニュースです。


個人的には豊洲問題はまだしも、森友学園の件などでいつまでもガタガタしている場合なのか?という気がしてなりません。


「もっと国会で論議すべき重要な問題があるだろう」


そんな腹立たしい気持ちでいっぱいになります。


他にどんな問題があるのか?については、こんなブログに書くような軽いことではないと思うので書きません。


一つ言えるのは、少しぐらい生活が貧乏になったり不自由になっても構わないので、私や子供たちの世代が今のまま平和でいられたら(戦争に巻き込まれなければ)いいのだけれど・・・ということです。




さて話は戻り「豊洲市場移転と森友学園」の件です。


ニュースを見ていると「よくもまあ、これだけ横柄で上から目線のエラそうな奴らが揃ったものだ」と呆れてしまいます。


立派な肩書、社会的な成功、お金もち、であることと、その人の品格というか人間性は関係がないのでしょうね。※もちろん人格的に優れたリーダー、成功者、お金持ちの人も世の中にはたくさんいる?はずです。


もしかしたらこうした人たちは、人間関係を「支配するものと従属するもの(上か下か)」という感覚で捉えているのかも知れません。


そうやって力により相手を服従させ支配下に置く行為は、その人の優越感を満足させ自己肯定感が高まるのでしょう。


しかし、そんなとんでもなくエラそうな奴らの心の奥底には、表の態度とは全く違う心理があるのかも知れません。


人の気持ちを顧みる余裕がない、強くないと酷い目にあう、弱い自分はダメな人間、弱みを見せたら終わり、力を持たない自分には価値がない・・・


つまり「ありのままの自分に自信が無い」ということ。


その自信の無さや自己否定感が半端ないからこそ、その反動も大きくなって、とてつもなくエラそうな態度をとるのかも知れません。


まあこのように考えると、あの桁外れにエラそうな奴らの態度も理解できなくもない気が・・・全くしません!


私はそこまでの人格者ではないので、あんなエラそうな奴らを見ると不快感怒りしか感じません。


そして、人の性根は人相に表れるというのは本当だと感じるだけです。


見てごらんなさい、あのエラそうな奴らの品格のない歪んだ顔を(# ゚Д゚)



私は特に尊敬する人物はいませんが、強いて言うならば次のような人を尊敬します。


社会の片隅でつつましく生き、自分ができる仕事を真面目に取り組み、愛のある温かい家庭を持ち、身の丈に合った生活をし、なるべく他人に迷惑をかけず、出来る範囲で他人を助け、穏やかで静かに暮らす人


つまり普通の人が一番立派だということですよ。


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人の心を受け入れられない人は、いつまでたっても心の孤独から抜け出すことは出来ないのです。




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posted by おやじカウンセラー at 00:17 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

目標達成とそのプロセス


目標を立てて、その達成のために日々こつこつと努力する・・・


それは私が最も苦手とすることです。


明日、明後日の目的のために頑張ることはそれなりに出来ます。


1ヶ月先の結果を出すために努力することは・・・まあ、なんとか踏ん張れる気がします。


半年先、一年先の目標となると・・・もういけません。(ーー;)


わかりやすい例えを言うと、1ヶ月で5kgの減量ならやれる自信はありますが、毎月1kg減の健康的なダイエットを1年続けるのはまず無理なタイプだということです。


兎に角、努力の積み重ねというやつが子供の頃から苦手なのです。


これは人として致命的な短所だと思っています・・・(-_-)


でもって、さらに良くないことは、そんな行き当たりばったりの生き方で、これまで何とかなってきちゃったということです。


私からすると、きちんと長期的な目標を立てて努力を積み重ね、結果的にそれを達成するような人は、まさに尊敬に値するのような存在としか言いようがありません。


そんな神様予備軍の中には、目標達成のための努力を惜しまず、日々辛いことにも耐え、我慢に我慢を重ね、もの凄くストイックな生き方をしている人もいます。


もちろん固い信念と強い意志でもって、そういうふうに頑張っているんでしょうけど、その結果が必ず求めていたようになるとは限りませんよね?


そんなことを思う時点で既に私はダメ人間なのですが、それでもやっぱりここはお聞きしたい。


達成できるかどうかもわからない目標のために、そこまで頑張れるのはなぜなの?


いえね、楽しんで頑張りながら目標達成を目指すというのならわかるんです。


しかし、どうみてもただただ耐え忍んで我慢しながら努力し続けるというのは・・・


私は決して楽観主義者でも刹那主義者でもないんですけどね。


ただ、生きるってことは極論を言えば結局のところ死ぬまでのプロセスなわけだから、やっぱりその過程を楽しんでこその人生だと思うんですよ。


目標に向けて頑張る日々が、本人にとって充実していて意味のあるものなら全然いいんです。


たとえ結果が伴わなくても、それまでの努力が自分にとっての財産だと思えれば、それは素晴らしい生き方だから。


逆に、これまでの努力は無駄だったとか、辛さに耐えたことだけが残ったというようなら、やっぱりプロセスのあり方がちょっと違っていたんじゃないかということです。


人生において上手に目標を立てて生きている人は、おそらくそのプロセスも大切に楽しく取り組めている人なのだろうと思います。


まあ私の場合はろくに目標も立てずに、プロセスばかり楽しもうとしているから、いつまでたっても人生の道草ばかりしているんだけどね(^^;


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そういえば、子供の頃から学校帰りの道草が大好きだったんだよなあ・・・(^-^)






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posted by おやじカウンセラー at 01:23 | 愛知 ☀ | Comment(6) | おやじのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

男は女より精神的に脆いのか?


少し前に女性カウンセラーの方達とをお話しをする機会がありました。


その際に「男は女より精神的に脆いんじゃないか?」という話題になり、私もそう言われてみると確かにそんな気がしていろいろ調べてみました。


その結果分かったことは、精神面だけでなくそもそも生物学的に男のほうが女よりも生命力自体が弱く、女のほうが生物として完成度が高いようなのです。


平均寿命も女より男が6,5年も短く、自殺者格差は男が女の2,5倍(アメリカは4,2倍)、ガンによる死亡率も男が高くなっています。


やはり種の保存という理由からか、生物としては女性のほうが生命力が強いことは事実といえるようなのです。


精神的な部分については個人差があるので一概には言えませんが、ある医療機関が男女のストレスについて調査した結果、男女によって大きな違いがあると発表しています。



@ストレス解消法  男の1位・のんびりする   女の1位・おしゃべり


Aストレスの原因   男の1位・仕事   女の1位・人間関係



これを見て面白いと感じたのは、女の場合は人間関係が最もストレスを感じる要因なのに、おしゃべりという対人コミュニケーションでそれを癒していること。


男は仕事が最もストレスになっており、仕事をせずにのんびりすることでそれを解消していることです。


さらに同じ機関の調査結果で、結婚している男女間(夫婦)の1日の会話時間というのがあり、最も多かったのが10分〜30分だそうです。


おしゃべりでストレス解消したい女と、静かにのんびり過ごしてストレス解消したい男は、初めからかみ合わないものなのかもしれませんね。


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我が家の嫁はテレビを見ているかスマホを触っている時以外は、四六時中何かしゃべっていますが、それが独り言なのか私に問いかけているのか、いまだに判断がつきません。


カウンセリング実技の向上のため、良さそうな傾聴訓練の勉強会があれば、できるだけ参加するようにしていますが、本当はわざわざお金を払って勉強しなくても、嫁の話を毎日1時間みっちり聴けば、かなり傾聴の腕が上がるわけです・・・(理屈としては)


クライエントの話は聴けても、嫁の話は聴けないとは情けない話です。


カウンセリングの勉強も結婚生活も、まだまだ修行が足りないということですね。




4月9日(日曜)に「自然体とくつろぎのお話し会・春」と題してエンカウンターが開催されます。


詳細はこちらからどうぞ⇒「自然体とくつろぎのお話し会・春」






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posted by おやじカウンセラー at 15:12 | 愛知 | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする