2016年12月24日

空気を読む人の功罪

昨日はいつもより早く起きて着替えを済ますと、顔もろくに洗わずに原付に乗ってJR安城駅へGO!

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県外にいる長男が金曜日から3連休なので、とりあえずの足にするため駅の駐輪場に原付を置いてきました。


ちなみに私は、今日(土曜日)も仕事です。(*_*)


で、今朝は出社前にこうしてブログの更新をしています。


早速ですが、私は割と空気を読むタイプです。


いや、割とどころかガンガンに読みます!読みまくります!



読んでばかりで吸うのを忘れて、たまに気がつくと息苦しくなるほど・・・。


空気を読むというのは、つまり場の雰囲気や相手の態度などから状況を察し、それを汲み取った行動をすることだと思いますが、一般的にはコミュニケーション能力として必要なこととされています。


しかし、これも程度の問題で、あまりにそうした行動が過ぎると


「計算高い人」「立ち回りが上手くて腹黒い人」


などといわれることもあります。


ただ、空気を読みまくるタイプの私から言わせてもらうと、別に意識して読んでるわけでもないんです。


いちいち考えながら空気を読んでいるような人は、まあ実際には大して場の空気を読めない人だと思います。


本当に空気を読める人、それが心底身についてしまった人は、


瞬時に読む!いつも読む!考える前に読む!息を吸うように読む!


ブルース・リーの言葉「考えるな感じるんだ」に匹敵するほど。


尚且つ


空気を読むことを自分ではやめられない(>_<)



これまた「やめられないとまらない」のかっぱえびせんに匹敵です。


とにかくそんな感じなのですよ、少なくとも私はそう。


もちろん常に100%読み切れるわけではないけどね。


でもね、これは正直言って疲れます。


だいたい本来は吸うべきものである空気を読んでばかりいるのですから、先程書いたように息苦しくもなりますよ。


まさに酸欠状態(*_*;


おまけに私のようなタイプは、ついつい周囲の人にも空気を読むことを(言葉や態度で)要求してしまうので、その度が過ぎると周りも息苦しくなるのです。


日本人はどの外国人と比べても、空気を読むことに長けている民族だと言われています。


島国であること、単一民族であること(しかし厳密には違います)、農耕民族であること、などがその理由と言われていますが、そうした空気を読む風習というか習慣は、特に現代のサラリーマンにしっかりと受け継がれているんですね。


組織の潤滑剤とかムードメーカーなどといわれるような人は、おそらく上手に空気が読めるタイプの人なのでしょうが、あまりにそんなことばかりしていると、自分自身というものをどんどん失ってしまいます。


自己主張が出来なくなり、その場の状況や相手の態度、感情に合わせた対応しかできなくなるのです。


これはなかなか辛くて苦しいものです。


そんな時、いわゆる空気を読めない人の自由奔放な態度(空気を読む人からはそう見える)を目の当たりにすると・・・


イライラします!頭にきます!もっと空気読めよ!と思います(場合によっては実際に言います)。


自分で勝手に空気読んで、言いたいことも言えずに疲れている、モヤモヤしている気持ちの八つ当たりですね。


やっぱり空気を読むのはほどほどにしないとね。


言い方を変えれば「相手の顔色を窺う」「相手の腹を探る」「上手く立ち回る」ってのが空気を読むことだから。


しかしねー、さっきも言いましたが意識して空気を読んでるんじゃないんです。


もう反射なんです、パブロフの犬と同じなんです。


「コミュニケーション=空気を読む」


こういう図式が脳の中で出来あがっているんです。


ポケーっと何も考えずに、無防備な状態でコミュニケーション出来たらどんなに楽で幸せか・・・。


だから私は独りの静かな時間が好きなんです。


予告⇒次回のブログは「空気が読めない人」について書きます。



最後にちょっとだけお時間を・・・。


皆さんが応援してくださったおかげで、ブログ村のランキングもぐんぐん上がって今週は心理カウンセリング部門OUTポイントで2位を維持しています。


もうね、本当に有難くて泣きましたよ(>_<)


ただね、2位なんですよね、2位・・・。


せっかくならやっぱりね、その上があるわけですから。


まあここまで言えば、普通はね、空気を読んでくださるというのが日本人の美学なわけで・・・。


あれ??下の猫ちゃんが何か言ってる。


何だろうなあ・・・?


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posted by おやじカウンセラー at 05:58 | 愛知 ☁ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

信頼に値するカウンセラー

毎日いろんなことが起こります。


良いこと、悪いこと、そのどちらでもないこと・・・


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取り立てて何事も起きなかった日は「退屈だけど平和に過ごせたなあ・・・」と思います。


私はそういうタイプです。




昨日はまたまた更新をサボったので、今夜は二つめのブログです。



タイトルは「信頼に値するカウンセラー」です。


読み進むとわかりますが、かなりキツいことが書いてありますので、取扱注意です!


では・・・



あなたは大切なことを決めるとき、自分で決めますか?それとも誰かに決めてもらいますか?


「そんなの自分に決まってるでしょ!」


と言いたいところですが、必ずしもそうとばかりも言えませんね。


何かを決めるということは、他の選択肢を捨てるということになります。


決めたことによるリスクもあれば、責任も発生します。


リスクは怖いし責任も負いたくないとなると、なかなか決められなくなります。


「今日のランチは何にしようか?」ということさえなかなか決められない人もいますが、昼飯ぐらいなら何を食べても大した問題ではありません。


しかし、その人の人生に大きく関わるような問題であれば迷うのも当然です。


受験、就職、転職、恋愛、結婚、離婚、病気・・・


他にも人生で大きな決断を迫られる場面はいくらでもあります。


「大切なことほど自分で決める」という人もいるでしょう。


あるいは「必ず誰かに相談する」「誰かに決めてもらう」という人もいると思います。


例え決めるのが誰であれ、自分の人生を他人に生きてもらうことは出来ないのですから、相談するしないは別として、最終的には自分の責任と覚悟を持って自分で決めるのが望ましいのは間違いありません。


しかし、それができる人ばかりではないですよね。


「自分で決めるしかないと思っていても、どうしても自分では決められない」



むしろそんな人の方が多いかも知れません。


自分の事を自分で決めるということは、自分自身に対する信頼がなければできないことです。


そして、そんな人たちは自分以外の信頼できる誰かに、人生の大切な決め事を相談することもあるでしょう。


カウンセラーはその信頼できる誰かにならなければいけないし、いつまでもなれなければいずれは淘汰されてしまう存在なのです。


どうしたら「信頼できるカウンセラー」になれるのか?


どうやって「信頼できるカウンセラー」であることを知ってもらうのか?


そう考えると、ホームページやブログ、メルマガ、その他のSNSで、自身が信頼に値するカウンセラーであることを発信することの重要性がわかります。
※なかでもメルマガはとても効果的な情報発信の手段だと思います。


また、自ら講座やセミナーを開くことで、自分という人間を直接知ってもらうことも大切でしょう。


ただ、いずれの場合もカウンセラー自身が信頼に値するだけの人物で在るという前提でなければ、SNSもセミナー開催もあまり意味を持ちません。


カウンセラーとして信頼されるということは、非常に高いハードルだと思います。


読まれないブログ、人が集まらないセミナー・・・


足りないのは情報発信のスキルだけなのか?


それとも自身がカウンセラーとして信頼に値するだけの人間でないからなのか?



考えてみれば、プロのカウンセラーというのは、本当に誤魔化しが効かない、その能力と人間性を直接的に評価される、恐ろしいほど厳しい職業なのですね。


ある意味こうしてブログを書くだけの私は気楽な身分ですが、実際にカウンセラーとして活動されている方々は、その厳しさの中に身を置いていると思うと・・・


「カウンセラーはいばらの道」



今更ながら、本当に重い言葉です。



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posted by おやじカウンセラー at 23:35 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

「なんで?」ってすぐに聞く人

今日は午後からお休みをもらって、いろいろと用事を済ませてきました。


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〜自転車に乗って遊んだわけではなくただのイメージ画像です。〜


どうやら少々疲れ気味のようなので、風邪などひかないように気をつけなくては。


明日も遊びは控えて、なるべく大人しくしているつもりです。



ではさっそく今日の記事。


すぐに「なんで?」って聞く人、たまにいますよね。


子供はけっこう「なんで?」「どうして?」などと親を質問攻めにしますが、大人でも「なんで?」が口癖の人がいます。


本人は無意識に言っちゃうんでしょうが、「なんで?」と聞かれた相手はだいたい困ります。


なぜならそうした場合の「なんで?」は単なる疑問や問いかけではない場合が多いから。


「えっなんでそうなるの?私の考えと違うけど!」


「その意見に私は納得がいかない!」



状況にもよりますが、少なくとも言われた相手にはこのように感じられるのですね。


つまりこの場合の「なんで?」は、相手を否定する「なんで?」なのです。


一般の人に言われるのならともかく、まがりなりにもカウンセリングを学んでいる人からそんな言葉を聞くと、正直かなりがっかりします。


人と話していて、相手の意見や考えが自分とは違うと感じることはいくらでもあります。


それに対して疑問を感じたにせよ、或いは「この人の考え間違ってる!私が正しいことを教えてあげないと!」と思ったにせよ、すぐに「なんで?」と返すのはあまりに稚拙な態度としか思えません。


しかもそういう人は、根が正直というか単純というか、言葉だけでなく態度や表情にも気持ちがそのまま表れていることが多く、否定的な「なんで?」は、ちょっと感受性の強い相手には必ず伝わってしまいます。


もうずいぶん前の事ですが、ある決め事について二人の方が意見のやり取りをしていて、相手から「なんで?」と言われた片方の人が、私にこう言ってきたことがあります。


「〇〇さんが顔をゆがめて「えーっなんで?!」と言ってきた。」



私はその場にはいなかったので、本当に顔をゆがめていたかどうかはわかりませんが、言われた相手は間違いなくそう感じたのでしょうね。


私は人と会話する際に、言葉だけでなく態度や雰囲気を意識して表す場合もありますし、あまり表さない場合やときには自分の気持ちとは逆の態度を表すこともあります。


特に仕事などでは、立場の違いで意見が合わないことなど日常茶飯事なので、当然のように必要に応じて反論したり自分の意見をはっきりと言わなければいけないことがありますが、相手の意見と相反していればいるほど、とりあえずはじっくりと聴く態度と姿勢を表に出すようにしています。


これは別にカウンセリングを意識しているわけでも何でもなく、経験上そのほうが自分の意見が通りやすかったり、相手との妥協点を見い出しやすかったりして、最終的には話し合いが上手くいくことが多いと知っているからです。


まあ私に限らず世の男性(もちろん女性も)のほとんどは、仕事の場でいちいち正直に自分の気持ちを出していたら、とても社会人として上手くやっていけませんからねー(^^;


相手の意見に納得がいかない時ほど「なんで?」ではなく「なるほどね〜」と笑顔で応えましょう。


ほら、あのフーテンの寅さんも歌っているじゃあないですか。


『男というもの辛いもの、顔で笑って腹で泣く🎵』ってね。


やっぱり何事も急がば回れということです。


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posted by おやじカウンセラー at 01:16 | 愛知 ☁ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

今年を振り返って「竹の子会のこと」など

寒くなったねー


ここんとこホント寒くなりました。


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こんな時はあったかいお汁粉なんかいいなあ・・・(^-^)


さて、今年ももうあと僅かです。


風邪をひいたりして体調を壊さないように、無事に新年を迎えたいものですが、そろそろ来年のことも考えないといけません。


その前に今年を振り返ってみると、年明け早々に◎の手術で入院するという出来事がありました。


ただ、その後の経過は至って順調で、入院と退院後の療養が良い休養になったこともあり、今年一年はまずまず健康に過ごせたと思います。


もともとの持病である生活習慣病の数値も、最近はずっと標準値で落ち着いていますが、これは休日にサイクリングやウォーキングなどを積極的にやったおかげかも知れません。


やはり今年は家族も含めて大きな病気やケガ、トラブルがなかったのが本当になによりでした。


あらためて健康が一番だと実感した年でもありました。


では仕事に関してはというと・・・


これはもう、なかなか大変な一年でした。


仕事のことはあまり詳しくは書けない(書きたくない)のですが、簡単に言うと、これまでよりもさらに責任が重くなり、それに伴ってやらないといけないこともどんどん増えた年になりました。


まあ、それが結果的に自分自身の成長につながると考えれば、だらだらと仕事をするよりずっと良かったと言えるかも知れません。


そして来年以降も、こうした状況は続いていくことになります。


カウンセリングに関しては、やはり10年近く関わってきた竹の子会を、今年の春で卒業したことが最も大きな出来事でした。


卒業といえば聞こえがいいのですが、もちろんそんな制度があるはずもなく、自己都合で会の活動から離れたということになります。


当時は会を辞める理由をいろんな人に聞かれる度に、なんとなくそれなりの言い訳を話していました。


実ははっきり言って、辞める理由が自分でもよくわからなかったから。


今振り返ってみると、おそらく少し前からもうそろそろ潮時だと感じていたのだと思います。


なぜそう思ったのかは自分でもよくわからない部分もあるのですが、数年前に副会長から会長になった時点で会の活動自体が自分にとって責務になってしまい、本心から楽しめなくなったからかも知れません。


あるいは活動自体の将来がイメージできなくなったこともあると思います。


他にもいろいろ感じていたり、予想していたこともありますし。


なんだかはっきりしないことばかりですみません。


やっぱり今でも辞めた理由はよくわからないというのが正解なのです。


それでも言えるのは、もしあのまま会長を続けていたとしたら、おそらく私はもっと自分の考えを強力に押し出して、ある意味でワンマンになっていったんじゃないかと思います。


私がそうしたいというより、誰かがそうしないといけなくなってきていると思い始めていましたから。


しかし、それは私にとってやりたくないことですし、きっと上手くはいかなかったと思うので、結果的にあのタイミングで卒業したのは、私にとってはよかったし、必然だったのだと思っています。


ボランティア団体であれ営利目的の企業であれ、他人の集まりである組織を続けて行くというのは難しいものです。


みんな平等に、みんな仲良く、みんなで相談して、などというのは聞こえはいいのですが、それだけで上手くいくことなどありません。


やはりそこにはしっかりと組織をまとめるリーダーがいたり、求心力となるものの存在が必要なのだと思います。


そうか・・・今わかりました。


私が会を辞めた理由は簡単なことでした。


私はリーダーには向いていなかった。


それが理由です。


仕事であればたとえ向いていなくても限界ぎりぎりまで頑張るしかありませんが、自主的な活動の場ではそこまで頑張れなかったということです。


つくづくリーダーを続けるのは難しいことだと思います。


竹の子会との出会いは、私がカウンセリングを学ぶきっかけであり、また成長させてくれた場でもありました。


そして何より会の活動は本当に楽しかった。


会の活動を通して、素晴らしい先生や多くの仲間と出会うことも出来ました。


私はもちろん、他の卒業生にとっても竹の子会は母校のようなものだと思います。


来年の2月には定例の「傾聴トレーニング」が行われるようですが、私もぜひ参加したいと思っています。


好き勝手なことばかり書きましたが、私にとっての潮時を経て、今後も自分なりの道を進みたいと思います。



潮時とは


「物事を始めたり終えたりするのに、前向きな意味で【ちょうどよい頃合い】のこと。」





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posted by おやじカウンセラー at 01:17 | 愛知 ☀ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

頭皮が固いと中身(脳)も固いのか?

何を隠そう(別に隠してないけど)私は愛煙家です。


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☆普段はラークマイルドを愛煙していますが、このゴールデンバットは太宰治や芥川龍之介も好んだというタバコです。


タバコの値段はどんどん上がるし、吸える場所も限られてくるし、何よりも今どきタバコを吸っているというだけで白い目で見られることも少なくないような・・・


たしかにタバコ嫌いの人にはあの匂いは我慢できないだろうし、本人だけでなく副流煙で周囲の人の健康も害していると思うと、非常に肩身が狭い思いです。


ただ、今のところ禁煙するつもりはないので、出来るだけ他人に迷惑をかけないように嗜むよう心掛けています。



さて、先日参加した勉強会でキャリアコンサルティング(キャリコン)についての講義を受けました。


キャリコンをほとんど学んだことがない私にとって、非常に新鮮な内容でしたが、あまりに盛り沢山でしかも恐ろしいスピードで講義が進むため、ついて行くのがやっと。


というより全くついて行けない・・・(*_*;


講師の先生はこの道では押しも押されぬ第一人者の方なので、ユーモアたっぷりの講義はとてもわかりやすく、かつ深い内容であったと思うのですが、如何せん私の脳みそが追いついていけませんでした。


機会があればもっとじっくりと時間をかけて学び直してみたいです。


ただ、短い時間の中でもワークを行ったのですが、それが意思決定論の活用というやつ。


例えば「今の仕事はやりたい仕事ではなく、会社も合わない気がする。思いきって転職したいと思うが、上手く転職できるか不安があり、私はどうしたらいいの?」というクライエントに対して、会社をやめるかやめないかの2択から、より幅広い視野で問題の解決に当たるようなアプローチをするために、実際にいろいろな選択肢を考えてみようというワークなのです。


たしかにワークの意図は理解できますし、いくつかの案も考えられなくはないです。


しかし、ここで問題発生・・・(+_+)


会社をやめるやめないの2択以外の案が私の頭に浮かぶと同時に、すぐさまそれを全否定する私がいるのです。


今の会社でやりたい仕事を探す ⇒ ないからやめたいんだよ!


今の会社で違う仕事をする ⇒ だからそんなのないって!あっても簡単にさせてもらえるわけないじゃん!


転職ではなく独立開業する ⇒ 転職するよりリスクが高いのに出来ると思うの?


上司に掛け合って何とかしてもらう ⇒ 上司はすんごく嫌なやつなの!


関連会社に出向させてもらう ⇒ ないよ、関連会社なんて!



で、唯一私が納得できそうなのがこの案。


どっちかに決めかねているなら、とりあえずそのまま会社にいて考える。


う〜ん・・・これじゃあただのあきらめ?


私はハゲなので頭皮は固いのはわかっていましたが、悲しいかな中身のほうも相当固いようです。


しかも長年社会で働いてきた結果、仕事というのは辛いもの、嫌なことでも我慢するもの、自由にならないもの、耐えるもの・・・


などという強固なビリーフが出来上がってしまったんですね・・・(>_<)


まあいろいろ苦労してきたもんね、しかたないよ(-_-)


で、今夜の結論


頭皮の固さと中身(脳)の固さは比例する



ま、あくまで私の場合ということで<(_ _)>




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posted by おやじカウンセラー at 23:37 | 愛知 ☁ | Comment(5) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月06日

産業カウンセラー協会の傾聴訓練に参加しました


秋が深まり冬に移ってゆくこの季節が一番好きです。


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「秋晴れの休日はのんびりのんびり遊びたいなぁ・・・。」


そう思いつつも、ときどきカウンセリングの勉強に出かけたりしています。



つい先日は久しぶりに産業カウンセラー協会の「傾聴訓練」に参加しました。


定員8名の予定が、キャンセルのため6名の参加となりましたが、おかげでカウンセラーとクライアントの両方を体験でき、かなり濃密な勉強会となりました。


今回参加してみて感じたのですが、かつて養成講座を受けていた頃とは随分と傾聴訓練の雰囲気が変わっていましたね。


クライアントに対する質問も以前は基本的にタブーという感じでしたが、最近は状況が変わっているようです。


【産業カウンセラー協会の傾聴訓練は、自動車教習所の運転のようなものだ】というような内容の記事を以前に書いたことがありましたが、そのあたりも今回の講座に参加してみて印象が変わりました。


指導者の先生、参加者の皆さんに恵まれ、個人的には大満足の一日となり、ぜひ次の機会も参加したいと思っています。



ところで今月は11月27日の日曜日にも傾聴訓練の予定を入れています。


聴く技術を学び合おう〜実際のカウンセリングルームでの実習体験〜



岐阜のカウンセラー岡島先生のルームで行われる「傾聴実習」ですが、定員4名(主催者を含めて5名)の少人数の勉強会で、ほぼ丸一日をかけてじっくり傾聴を学びます。


おそらくロールプレイも振り返りもたっぷり時間をかけて実施されると思います。


先日の傾聴訓練で学んだことも実践してみたいし、他にも自分なりに課題を考えているので、今からとても楽しみにしています。


ただこちらの勉強会ですが、いまだに定員に達していないようなのが少し残念です。


このような良心的でコスパの高い勉強会はなかなかないと思うのですが、皆さんは普段どこで実技を学んでいるのでしょうか・・・


この時期の傾聴訓練は、来春の産業カウンセラー資格試験の実技練習にもよいと思います。


興味がある方はぜひ一緒に学びましょうヽ(^o^)丿


詳細はこちらから

【傾聴実習】 聴く技術を学び合おう
〜実際のカウンセリングルームでの実習体験〜




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posted by おやじカウンセラー at 18:53 | 愛知 ☁ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月31日

過労死・なぜ人は死ぬほど働くのか?


秋の夕暮れは全ての終焉を感じさせる恐ろしさがあります。


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人のDNAに摺り込まれた深い闇への恐怖を想像させるからでしょうか・・・



さて、電通で働くまだ若くてこれから花も実もある若い女性が、働き過ぎて(働かされ過ぎて)自死した件です。


死ぬくらいなら会社を辞めればいいのに


と多くの人が思うでしょう。


確かにその通りです。


ほとんどの場合、仕事よりも命のほうが大切に決まっています。


仕事は生きるための、そして幸せになるための手段であって、仕事そのものが生きる目的ではありません。


そんなことは誰もがわかっていることです。


でも、本当はよくわかっていないのかも知れません。



仕事以外での信頼できる仲間とのつながり


仕事以外での自分を表現する手段と場所


仕事以外での喜びや満足感が得られること


仕事以外での自分自身を成長させるもの


そうしたものをあなたは持っていますか?



もし、仕事をしている自分があなたの全てだとしたら、その仕事を失うことに耐えられるでしょうか?


あなたの仕事が誰からも評価されず、価値がないと言われても、あなたは何とか認めてもらおうと、必死になって仕事をやり続けるでしょう。



仕事との向き合い方はとても難しいものです。


特に組織に雇用されている立場であれば、仕事なんてほどほどでいいと言ってくれる企業はありません。


結果を出しても出さなくても、もっと頑張れと言われることに違いはありません。


それがよい悪いではなく、営利を求める企業はそういうものなのです。



どこかの大学教授が今回の過労死事件について、自己責任という言葉を使っていました。


私はそれは間違いだと思います。


やはり過労死について企業はそうならないように、そうさせないように責任を持つべきです。


しかしもっと重要なのは、働く側の自己防衛の意識です。


死んでしまってから、誰が悪い何が悪いといっても仕方がありません。


仕事を失うことへの不安、お金を稼げなくなることへの不安、社会から落ちこぼれることへの不安、自分の経歴に傷がつくことへの不安、自分自身の自尊心が傷つけられることへの不安・・・


そして何よりも、仕事を取り上げられたら自分に何が残るのかという恐怖。



そうした不安を乗り越えて生き抜くためには、仕事以外に自分の居場所をつくっておく必要があります。


仕事にすべてのエネルギーを費やしてしまうのではなく、ほんの少しづつでも時間やお金や労力を自分の居場所づくりのために使うことが大切です。


もっと仕事をしろと言ってくれる人はいるでしょうが、もっと遊べ、もっと仲間をつくれ、もっとボランティア活動をしろと言う人はなかなかいません。


誰も言ってくれないからこそ、意識して自分で始めるのです。



自分の人生は自分でデザインするしかないのです。



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夕日が沈まぬ日がないように、太陽が昇らない朝もないのです。


深い闇の中で怯えているのは、周りが漆黒の闇につつまれているから?


それともあなたがじっと目を閉じているからですか・・・




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posted by おやじカウンセラー at 00:33 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月30日

俺の縄張りに入るんじゃねえ(-"-)


秋はこいつに乗ってどこかの山の中で焚き火をしたいなあ。


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でももう少し涼しくなってからだね。(-_-)



さてさて、今回は「俺の縄張り」の話。


つまりパーソナルスペースのことです。


人間関係において、相手との距離というのはとても大切なものですね。


物理的な距離についていえば、女性よりも男性の方が一般的にパーソナルスペースが広い(遠い)と言われています。


確かに女性の場合、女性同士で手をつないだり、近い距離で話し込んだり、頻繁にスキンシップをとったりすることは珍しくありません。


これは男性にはあまり見られないことです。


私などは人一倍に他人との距離をとりたい方なので、たまに満員電車に揺られて名古屋に出かけたりすると、心身ともにぐったりしてしまいます。


また物理的な距離以外に、精神的なパーソナルスペースというのもあります。


誰しも自分の縄張りがあり、それをむやみに侵されると不快になったりストレスを感じます。


しかし実際に目で見える線が引かれているわけではないので、他人に近づくときは相手の気持ちの変化や感情を読み取りながら距離を縮める能力が要求されるのです。


親しくなりたい相手(距離を縮めたい相手)とはごく自然にそうなるように、反対に親しくなりたくない相手(遠ざけたい相手)とは、むやみに敵対関係にならないように離れることは、なかなか難しいものです。


「あなたは私のことが好き?」「もしかして私のことを嫌っているの?」と確認しなければ気が済まない人もいます。


もちろんそこまでストレートな聞き方はしないでしょうが、さりげなく自然に距離を縮めたり、逆に距離をとったりということが出来ない人は、何かと人間関係がぎくしゃくすることが多いと思うのです。


特に女性の場合はもともとのパーソナルスペースが狭い(近い)ので、このような人間関係のトラブルを抱える人が時々見受けられるようですが、男性の場合はまた違った形で距離の取り方が下手なタイプがいるとも感じます。


とにかく誰とも距離を上手く縮められないタイプがそれです。


そういう人は本人の持つパーソナルスペース自体がうんと広い(遠い)ということもあるのでしょうが、自分から相手に近づくこともせず、近づいてくる相手も拒むような雰囲気を出しているのです。


そんなタイプの人は「孤高の人」であり、また「孤独な人」とも言えるでしょう。


やたらと距離を縮めようとして疎ましがられる人も、誰とも距離を縮められなくて孤独でいる人も、それ自体が問題だとか悪いとか言うつもりはありません。


私自身も他人との距離がいつも適切かというと、そういうわけではありませんから。


しかしカウンセリングということになると話は違ってきます。


カウンセラーはやはりコミュニケーションのプロであるべきだと思うからです。


クライエントとどのように、どのタイミングで、どこまで距離を縮めるのかは、カウンセラーの持つ距離感が適切でないと上手くいかないはず。


この秋はカウンセリングの傾聴訓練を受けるため、2つの講座に参加することにしました。


「自分からは近づきたいけど相手から近づかれるのは苦手」という、少々ややこしい傾向がある私は、カウンセラー役もクライエント役も学ぶことばかりです。


学びも遊びも仕事もスポーツも、この秋はなんだか忙しくなりそう・・・(*_*;



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posted by おやじカウンセラー at 23:25 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月25日

カウンセリングを受けたことがないカウンセラー


今日は久しぶりに自転車で汗を流そうと勇んで出かけたのですが・・・


午前中からずっと雨


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結局ほとんど乗らずに自転車弄りの一日となりました。


実はこのたびニューマシンを手に入れたので、あれこれ部品をつけ替えたり、油を差したり、磨いたり、調整したり・・・


それなりに雨の休日を楽しんだというわけです。


では本題へ




はじめに
今回の記事の一部には私自身のカウンセリング体験が書かれていますが、特定のカウンセラーやルームをお薦めしたり、カウンセラーの実力や人物を保証するものではありません。カウンセリングを受ける際は、ご自身でしっかりと調べ納得したうえでカウンセラーを選んでいただきたいと思います。



ちょうど2週間前の土曜日に、久し振りにカウンセリングを受けてきました。


岐阜のカウンセリングルーム「HILL ISLAND」岡島先生とはずいぶん以前からのお付き合いですが、クライエントとしてお会いするのは初めてです。


今回は、ここ最近のいろんなストレスを思い切り吐き出したかったのです。


日頃の不平不満、愚痴や泣き言、文句やボヤキをこれでもかと話しましたが、普段はなかなか思ってもそういう話をする相手も機会もありません。


私に限らず男性は同じようなタイプが多いのではないかなぁ。


カウンセリング効果の一つに


話してすっきりカタルシス(浄化作用)


というのがあります。


60分間ずっと喋り続けた私でしたが、岡島先生にしっかりと話を聴いてもらい、カウンセリングを終えた後はあきらかに気分が軽くなったことを実感しました。



ところで、あらためて言うまでもないのですが、カウンセラーにとって自分自身がクライエント体験をすることは大きな意味があり、また非常に重要なことだと思います。


自分がカウンセリングを体験したことがないのに、カウンセリングを学び続け資格を取りカウンセラーを目指すのは、食べたこともない料理を作って人に食べさせる料理人になるようなものです。


自分がクライエントだったとしても、そんなカウンセラーのカウンセリングを受けたいとは思いません。


もうずいぶん前から「カウンセリング」がブームになり、あまたのカウンセリングスクールや、講座、セミナーの類が世に溢れています。


カウンセリングやそれに関連する自己啓発などの書籍やインターネットサイトも膨大な数になっています。


しかし現実にはカウンセラー有資格者さえも、ただの一度もカウンセリングを受けたことがないということがそれほど珍しくはないようです。


わざわざ数万円から数10万円以上のお金を払ってまで、世間的にはほとんど通用しないような民間のカウンセラー資格を取ることには熱心でも、自分がお金を払ってカウンセリングを受けることには消極的だということでしょうか。


カウンセラーを目指す人たちがこうした現実に疑問を持たず矛盾を感じないようでは「カウンセリングを学ぶブーム」は続いても、真の意味でカウンセリングが社会に認知され一般的になることは難しいような気がします。


カウンセリングが日本に定着するには、このあたりが大きな課題なのではないでしょうか。


今回の記事は以上で終わりですが、最後に一言だけ。


カウンセラーの中にはクライエント体験の豊富な方も多くいらっしゃいます。


また、カウンセリングを受けない人はカウンセリングを学ぶ資格がないとか意味がない、ということではありません。


カウンセリングを学ぶ目的は人それぞれですし、どのような理由にせよ多くの人たちが正しくカウンセリングを学ぶことはとても素晴らしいことだと思っています。


今夜は真面目な記事を書いたのでて少し疲れました。(*_*;


明日こそは秋晴れの下、爽やかな風を受けてサイクリングに出かけたいと思います。


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posted by おやじカウンセラー at 00:30 | 愛知 ☁ | Comment(4) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

今年の夏とストレス



人は強いストレスを受け続けて、それをうまく解消・消化できなくなると、さまざまな症状として現れます。


ひとつは、(心理的・精神的)の症状として。


二つめは、身体(心身症)の症状として。


三つめは、行動(ストレス行動・行動症状)として現れ出るもの。


先日の精神医学の講座で習ったことです。


この夏の暑さはやはり私の心と身体に強いストレスを与えていました。


もちろん暑さ以外にも多くのストレスがあり、意識して運動や気分転換による解消を図りましたが、そう簡単にはいかなかったようです。


私の場合は、もっともあきらかにストレス症状として現れたのが行動です。


依存行動(お酒、ギャンブル、ゲーム、仕事、薬物)が過剰になる

怒りっぽくなりすぐに怒鳴り散らす

意味もなく泣く

暴飲暴食がやめられない

浪費、衝動買いが増える

小さな失敗やミスが多くなる

すぐに投げやりな態度をとる

強迫神経症的な行動が目立ってくる

イライラして八つ当たりしたり、やたらと他人に突っかかる

やる気がなくなり実際に仕事をサボったり、学校を休む

車の運転などで危険な行為を繰り返す

ざまざまな自傷行為(リストカットなど)をおこす

人間関係のトラブルが目立って増える

性的な問題行動(チカン、セクハラ、盗撮)をおこす

タバコ、コーヒー、甘いもの、炭酸飲料など嗜好品の過剰摂取

無理なダイエット

食べ物のことが頭から離れない 過剰な間食 衝動的な過食

お酒の飲み過ぎ、泥酔するまで飲む


上記は代表的な行動症状・ストレス行動です。


私自身にどの症状が現れたのかは書きませんが、ストレスが原因だとはっきりと自覚できる行動がいくつもありました。


また現在も続いている行動症状もあります。


これから秋が深まると、暑さによる不快なストレスは少なくなると思いますが、日常生活でのストレスが無くなることはありません。


もっときちんとストレスと向き合い、意識して正しいストレス解消法を実践しないと、今後はちょっと大変なことになるような気がしています。


しかし学ぶことは容易いものですが、いざ実践となるとなかなか難しいものですね。


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2016年09月19日

岐阜で精神医学を学ぶ


昨日は岐阜まで出張して「心の病の対処法とならないための生活術」を学んできました。


主催はカウンセリングルーム HILL ISLANDの岡島康治先生


講師は心の相談室 withの竹内成彦先生



ちなみに先週の土曜日は岡島先生のルームでカウンセリングを受けたばかりです。


そのときの話も近いうちに記事に書こうと思っています。


さて、昨日は午前と午後で内容の異なる精神医学に関する講義があったのですが、私が受講したのは午前のみ。


いちおう午前は一般向け、午後からは専門家向け、とされていましたが、午前の講義も予定時間をオーバーするほどの充実過ぎる内容でした。


しかもこれがたったの2000円の受講料なのですから驚きです。


しかし残念ながら、定員50名の会場にはまだまだ余裕がありました。


主催者の立場からすると、集客に課題が残ったということなのでしょうが、参加する側としても少々残念な気持ちです。


カウンセラーにとって精神医学の知識は必要不可欠だと思いますが、本当にしっかりとした知識と経験を持つ講師から直接学べる機会はそう多くはありません。


昨日の講義はその良い機会だったと思うのですが・・・



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来月以降はカウンセリングに関する講座や勉強会で、いくつか興味があるものがあります。


全てに参加したいところですが、お金や時間、本業の仕事のこともありますし、秋は遊びも楽しい季節なのでそちらの都合もあります。


どこで学ぶか、何を学ぶか、誰に学ぶか。


とにかく遊びも仕事も勉強も、頑張って欲張ってこれからの秋を楽しみたいと思っています🎵


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そうそう、食欲の秋もねーヽ(^o^)丿


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2016年09月18日

今年の夏と勉強(コラージュ体験の巻)


夏ノ暑サニヘロヘロニナリナガラモ学ブ気持チヲ持チ続ケテイル。


サウイフ者ニ私ハナリタイ。



というわけで、今年の夏は暑さに負けずカウンセリングの勉強もそれなりに。


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8月某日に、私の古巣である「竹の子会」主催の「コラージュセラピー体験講座」に参加しました。


雑誌やチラシの写真を、自由に、とにかく好きなように貼ってゆくのがコラージュセラピーの醍醐味なのです。


今回も自分なりに納得の作品ができました。


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上手い下手なんて関係ありませんが、良くも悪くもその時の自分の心が表れるので、言葉ではない自己表現ができます。


それに作品が出来上がった後のスッキリ感は半端ないです。


今回講師を務めていただいたカウンセラーの速水先生はコラージュセラピーの個人セッションも行っておられるので、興味がある方は体験してみては。


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2016年08月02日

「心のとげ」の法則


今日はおそろしく暑かった。(-_-;)

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明日もふるえるほど暑いのだろう。


どうせなら寒くてふるえたほうがいいと、最近のおやじは思う。(*_*;




今日は「心のとげ」の話をします。


人は誰しも「心にとげ」を持っています。


昔のつらい出来事だったり、ずっと満たされない思いだったり、誰かに酷く傷つけられた過去だったり・・・


そういうのがね「心のとげ」になってしまうんです。


そしてその「とげ」は、ハリネズミみたいに外向きに生えている人と、自分に向かって内向きに生えている人がいます。


ことあるごとに「あなたが悪い」「あいつのせいだ」と言って、周りの人をちくちくと、ときにグサッと傷つける人。


逆に「きっと私のせいね」「自分さえ我慢すれば」と言って、自分で自分の心を傷つけてしまう人。


人は生きている限り、傷つけたり傷つけられたりするものです。


でもあまりに「心のとげ」がたくさん生えていたり鋭く尖っていると、なかなか治らない傷が残ってしまいます。


自分がどんな「心のとげ」を持っているか・・・


その「とげ」はどっちを向いて生えているか・・・


それを知っているだけでも、むやみに人を傷つけたり、自分で自分を傷つけたり、あるいは深い傷を負うことが少なくなるように思います。


そしてその「心のとげ」は、なかなか簡単には抜けません。


でもね、それでもあきらめずに根気よく、自分の事も他人の事も認めてあげるように、大切にあつかうように心掛けるしかないと思います。


そうするといつかは「心のとげ」も少しずつ丸くなって、柔らかくなって、


いい感じの「心のひだ」になって


他人や自分の「心の痛み」がわかってきて


むやみに傷つけたり傷ついたりしなくても済むようになるんじゃないかなあ。


私はそう思います。


いつも優しい笑顔で生きている人ほど、かつてはたくさんの「心のとげ」に苦しんだ人なのかも知れませんね。




お知らせ

コラージュセラピー体験会in豊田

http://counseling-an.com/renai/corajyu.html

私も参加しますよ🎵




猫は「とげ」じゃなくて「ひげ」なんだニャー


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2016年07月30日

アンタの価値観を人に押しつけるな!(後編)


ここ最近はひと月に2回程のペースで、カウンセリング関係の勉強会や講座、ワークショップに参加しています。


プロではなく、自己啓発の一環としてカウンセリングを学ぶ私には、これが精一杯であり十分でもあります。


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来月の8月21日(日)には、竹の子会主催の「コラージュセラピー体験講座」に参加を申し込んでいます。


上の画像は昨年の同講座での私の作品ですが、今回はどんな作品が出来上がるのか、今の心情がどのようなカタチで表現されるのかが、今からとても楽しみです♪


興味のある方はぜひご参加下さい。⇒「コラージュセラピー体験講座in豊田」




ここからは「アンタの価値観を人に押しつけるな!(前編)」の続きです。


前回の記事ではずいぶんキツい乱暴なことも書きました。


しかし、現実に「価値観の押しつけ」をする人は少なからず存在していて、その迷惑を被っている人がいるわけです。


そういう人はとにかく我慢が出来ないのです。


相手からかなりはっきりと「私にかまわないで欲しい」と言われても、どうしても知らん顔ができなくて、どんどん関係を拗らせてしまう人を私は知っています。


友人、知人とかではないとても関係が深い人です。


その人を見ていて、悪気がないのはよくわかります。


善意からの行動であることもよくわかります。


でもやっぱり相手にとっては迷惑なのです。


自分のテリトリーに土足で踏み込んで欲しくないのです。


「私とあなたの関係なのに水臭い」と思うかも知れませんが、いつでも誰とでも深く付き合いたいと思っている人は、世の中にそれほど多くはいないと思います。


はっきり言うと「相談する側が相手を選ぶ」のです。


街を歩いていてよく道を尋ねられたり、行楽地で写真を頼まれたりする人がいます。


どうやらそういう人は、見ず知らずの人からものを頼まれやすい雰囲気や独特のオーラがあるようです。


決して自分から「シャッター押しますよ」とか「私に道を尋ねてください」という看板をぶら下げて歩いているわけではありません。



人に有益なアドバイスをしてあげたい。


悩んでいる人の心配をしてあげたい。


困っている人を助けてあげたい。


誰かに何か頼まれ事をされたい。


自分の知っている情報を教えてあげたい。


ひとりでも多くの人の役に立ちたい。



それを相手が望んでいるのであれば、ぜひチカラになってあげましょう。


ただし、自分から相手にずかずかと近寄ってゆくのではなく、黙っていても相手の方から歩み寄ってくるような、そんなオーラを漂わせる人になってもらいたいと思います。


気配りと 大きなお世話は 紙一重


そう、決して真逆なことをしているわけではなく、ほんの紙一重の差なのです。


そしてその紙一重を超えるために必要なのは、


相手の言葉にしっかりと耳を傾けること



これに尽きると思います。


ちなみに私は他人から道を尋ねられたり、シャッターを押して欲しいと言われることは滅多にありません。


そのかわり食堂やレストランでは黙っていても


「大盛りになさいますか?」


と聞かれることがよくあります。


どうやら私のオーラは、そっち方面にやたらと出まくっているようです。(-_-)



最後に落ちがついたニャー


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アンタの価値観を人に押しつけるな!(前編)


夏といえばやっぱりでしょう。


こないだ嫁と食べに行ったよ。


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評判の店も代替わりすると味が落ちたといわれるのは、「鰻屋あるある」ですね。


ひつまぶしもいいけど、やっぱり気取らずに鰻丼を大盛りでガッツリ食うのが男というものです。( `ー´)ノ




さて今日は価値観についての話です。


大盛りの鰻丼のようにガッツリ書きます。


当たり前のことですが、人が持つ価値観は皆それぞれです。


多少は似かよっていることがあっても、全く同じ価値観を持つ人間は世の中に自分ひとりしかいません。


例えば仕事に対する価値観でもいろいろあります。


仕事はお金を稼ぐためにするものだから、たくさん稼げないようでは意味がない。


自分の能力を高め、仕事を通して自己を成長させることが一番大切。


組織やチームの中で自分の役割を果たし、仲間とともに良い仕事をすることが重要。


自分の好きなことを仕事にしてそれをとことん追求したい。


人生を楽しむことが最優先で、仕事はそのために必要だからする。


仕事をすることで社会に貢献し、人のためになることが喜び。



他にもいろいろあるでしょうし極端なことを言えば、「仕事なんかしたくないし働いた時点で負け」と考える人もいるかもしれません。


仕事を例に挙げましたが、他にも健康、恋愛、お金、家族、勉強、遊びなど、生きるうえで関わってくる全ての事で、人それぞれの価値観があるのです。


そうした多種多様の価値観を持った人たちが、コミュニケーションをとることで社会は成り立っているのです。


しかしこうした価値観の違いから、人間関係のトラブルに発展することは少なくありません。


というより全ての人間関係のトラブルは、価値観の違いが原因だといってもいいでしょう。


その中の一つのパターンで、


「自分の価値観を他人に押しつける人」


というのがあります。


価値観の相違自体は基本的に各個人の自由なのですが、それを他人に押しつけるとなると大いに問題アリなのです。


そしてこの困った問題は女性に多く見受けられると私は感じています。


女性の場合良くも悪くも、誰かの世話を焼きたいとか、面倒をみたいというような思いが本能的に強いようです。


時にそれが過剰に、あるいは相手の望まないカタチで発揮されてしまうと、価値観の押し付けと感じられてしまうのだと思います。


「そんなの女性蔑視だ!」という声も「大きな声では言えないけどアンタの言う通り」という意見もあるでしょうが、ここは勝手に話を進めます。


最近は「ブレーキの壊れたダンプカー」になりつつある私なので、遠慮なく言わせてもらいます。


世の中(の女性とやや男性)には、「自分は自分、人は人」が理屈では理解していても実践できない人がいます。


そして知らず知らずのうちに、こっそりと周りの人に迷惑をかけているのです。


他人の顔色や空気や雰囲気を読んで、相手の望むことを察して気配りや上手に手助けができる人のことを「気の利く人」といいます。


女性には男性よりもこうした気配りができる「気の利く人」が多いのも事実ですが、肝心なのは「気の利く人」かどうかを判断するのは、「気配りされた相手」だということ。


「気配り」を実行するためには、うんと相手に(物理的心理的に)近づく必要があります。


そして最終的には相手の領域に踏み込むことになるのです。


これはねー、なかなかな簡単なことではないし、ある意味危険を伴います。


いや、やるのは簡単ですよ、でも相手から「感謝される・有難いと思われる」かどうかは別問題なのです。


たまに「感謝されなくても嫌われても相手のためだから」なんてことを言う人がいますが、身内ならともかく赤の他人にとってはそれこそ「寝言は寝て言え」というやつです。


ブレーキが完全に壊れたみたいなのでどんどん言っちゃいましょうね。


分かりやすく言ってしまうと、



気配りと 大きなお世話は 紙一重



なのです。


おお!いい感じで五・七・五の俳句調になりましたねー(^^♪


では、皆さんも大きな声でもう一度(^O^)/


気配りと 大きなお世話は 紙一重



まあちょっと言い過ぎた感はありますが、そういうこともあるということです。


長くなったので後編に続く・・・<(_ _)>



書くのも読むのも疲れるニャー

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2016年07月28日

刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ


赤い頭巾が可愛いお地蔵さまですね。


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お地蔵さまは人々の苦悩を大慈悲の心で包み込み救ってくれるそうです。


お地蔵さまの数だけ、人々の苦悩も多いということなのでしょうか。





信じられないような凄惨な事件が起きてしまいました。


相模原市の障害者施設で起きた事件です。



戦後最大とも言われる19人の犠牲者と騒がれていますが、その一人ひとりの人生と残された親族の悲しみの重さは、その人数や被害者が障害者であることとは全く関係ありません。


もし自分の大切な我が子や親兄弟が被害者であったらと想像すれば、事件の重大さが身に沁みて感じられると思います。



そしてこの事件の犯人について、いろいろと気になる情報が出てきています。


犯人は、今年の2月にその言動が問題になって措置入院の処置を受けていますが、実はこの措置入院という処置は、そう簡単に実行されるわけではありません。


そして措置入院が成立したということは、少なくともその時点では「自傷他害の可能性が高い精神障害者」と診断されたことを意味します。


犯人についての一連の情報や、護送中の不敵な笑みを浮かべた表情からも、その異常性が強く感じられます。


今後、刑事事件として裁判が進む過程で、この犯人に対して精神鑑定が行われることはまず間違いないでしょう。


そこで問題になるのがこの法律なのです。


刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ


今回の事件では、被害者が社会的弱者とされる障害者の方たちだったことが、大きな注目を集めていますが、もし犯人自身が精神障害による心神喪失状態を理由に、その責任と罪を問われないとしたら・・・


「刑法39条」はその文言にカタカナが使われていることからわかるように、明治時代に制定された法律です。


精神障害者の人権が著しく不当に扱われていた時代の法律を、今の時代にそのまま当てはめることに問題はないのか。


「刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ」とはつまり、精神障害者は被告人として罪を償う人権を与えられていないということなのです。


実際に精神障害の当事者からも、この法律は障害者差別ではないかという声があがっています。


私個人としては、全く罪のない人を意図的に殺めるような行為に対しては、いかなる者であっても平等にその責任と罪を問うべきだと考えます。


今回の犯人に対し、一旦は措置入院という処置がとられながら、わずかの期間で退院したという事実があります。


なんとかこの事件を未然に防ぐことは出来なかったのかという思いがしてなりません。




最後に言っておきますが精神障害者が犯罪を犯しやすいという事実はありません。

健常者の犯罪率
94万人/12,000万人=0.01%(127人に1人)
精神障害者の犯罪率
3,460人/320万人=0.001%(924人に1人)

※参考資料   平成25年度犯罪白書


この社会で暮らす全ての人々の人権は平等に守られるべきというのが私の考えです。




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2016年07月25日

嫌いな人との付き合い方


朝日を眺めることより、日が沈む様を見ることのほうがずっと多いです。


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夕暮れは寂しさを味わう時間でもありますね。




さて今回の記事は「嫌いな人との付き合い方」です。


「嫌いな人」と付き合うことは、誰もが大きなストレスになります。


だからといって、嫌いな人と全く付き合わないというのも現実的には難しいことです。


ではどうすればいいのかというと、極論を言えば「出来るだけ嫌いな人を減らす」しかありません。


例えば職場の人間関係で言うと、そもそも気の合う者同士が集まって組織が出来ているわけではないのですから、「たまたま好きな人や気が合う人がいれば儲けもの」ぐらいに考えた方がいいでしょうね。


仕事に関しては、「好き嫌い」より「仕事ができる出来ない」のほうがずっと重要だと自分自身に言い聞かせることです。


それでもどうしても嫌いな人とは仕事ができないというのであれば、思いきって転職することも選択肢の一つですが、新しい職場でも「嫌いな人」は必ず現れると思います。


気が済むまで転職を繰り返すのもアリですが、何度も同じ状況に陥るようなら、やっぱり「嫌いな人」を減らすように努力するほうが結果的に問題解決の早道です。


プライベートでの人間関係については、はっきり言って「嫌いな人」とは縁をどんどん切ってしまえばいいのです。


そうして次々に「嫌いな人」を遠ざけてしまえば、理屈的には「好きな人・気が会う人」ばかりが残り、楽しいプライベートタイムを過ごすことが出来るはずです。


そもそも「嫌いな人」との関係で悩むことが多い人は、「人を嫌いになる能力が高い人」です。


どうしても「他人の良いところ」より「嫌なところ」が目に付いてしまう人は、相手とわかりあいたいという願望が人一倍強い反面、それが満たされない不満を抱えているように思います。


しかもそういう人は「自分の事も嫌い」だったりします。


嫌いな人をどんどん遠ざけた結果、自分の周りに誰も友人や仲間がいなくなってしまったとしたら、あなたはやっぱり「人を嫌いになる能力が高い人」なのかも知れません。


自分自身も含めた「人」の見方感じ方が主観的だと、どうしてもマイナスの部分に焦点を当ててしまいがちです。


出来るだけ自分のこと、自分と他人の関係のことを、第三者的に客観的な目で見るように心がけることで、好き嫌い以外の基準も含めたトータルで人を判断できるようになると思います。


私自身のことを言えば、「好きと嫌いの間のグレーゾーン」で他人を意識する事が殆どです。


しかも幸いなことに、「どちらかといえば好き」というホワイトに近いグレーの場合が多いので、あまり人間関係で悩むことは多くありません。


おそらくこれは私が物事を客観的に見るクセが強いからだと思います。


ただこれも善し悪しで、あまりに客観視が過ぎると、常にどこか他人事のように物事を感じてしまうため、その言動から「冷たく醒めた印象」を人に与えることがあるようです。


人の好き嫌いで思い悩むのも、人間らしさの表れと考えれば、けっして悪いこととは言えないし、自分の気持ちに素直な人だからこその悩みなのでしょう。


最後に「嫌いな人」が自分の身内であった場合の付き合い方ですが、これが一番難しいです。


私には難しすぎてよくわからないので、もう少し勉強してから機会があれば書いてみたいと思います。



猫だって好き嫌いがあるんだニャー

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2016年07月24日

人に期待すること


休日の朝はのんびりモーニングタイムです


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今朝は一時間ほどウォーキングで汗を流しましたが、その分はすぐにカロリー補給。


なので夏バテ気味でも食欲は落ちず、体重は増加傾向なのが今の悩み・・・(-_-)




さて普段の生活でよくあることですが、ついつい人に期待してしまいがちですね。


家族であったり職場の上司や部下であったりプライベートでの仲間に対してです。


口に出すかどうかは別として、ああして欲しい、こうして欲しいと期待し、結局は期待通りには事は運ばず、なぜそうしてくれない、などとイライラしたり、モヤモヤしたりしてしまいます。


何かを自分の思い通りにしようとすると、その思いが強ければ強いほど、上手くいかなかったときの苦悩も大きくなるようです。


「クライエントを丸ごと受け入れる」ことがカウンセリングの第一歩であるなら、まずは普段の生活で実践することが勉強なのかもしれないですね。


やっぱり期待しちゃうんだニャー

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2016年07月12日

ユングの高笑い


ソーメン、ざるそば、冷やし中華 (^.^)

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どれも大好きだけど、野菜天ぷらのぶっかけうどんがマイブームです🎵




さて、最近は意識して読書を頑張っていますが、もうすぐ読み終わる本がこれ。


人の心がつくりだすもの -
人の心がつくりだすもの -


河合隼雄先生の対談集ですが、カウンセリングとは関係のない話題も多く、そこが逆に面白くもあります。


その中で、「ユングの高笑い」という話が出てくるのですが、実際にユングは感情表現が豊かな人だったらしいですね。


ユングが言っていたわけではありませんが、


笑うという行為と心身の健康には関連がある。


そんな話も出てきて、なかなか興味深い本です。


楽しいとき、気分がいいときに笑うのはもちろんですが、別に楽しくも面白くもなくても、つくり笑いでも何らかの効果があるというのです。


私は普段、わりと笑ったり笑顔でいることが多いのですが、それは意識してそうしているわけではないです。


たいして笑う場面ではない時でも、へらへらとバカみたいに笑顔を見せたりすることもあるので、まあ一種のクセみたいなものでしょうか。


世の中にはあまり笑顔を見せず、いつも気難しい顔をしていたり、怒ったような表情をしている人もいて、本人はそのつもりではないのに「何か怒ってるの?」なんて言われたりすることもあるみたいです。


私の知人が本人のブログに、やたらと歯をむき出しにした変な表情の写真を載せていたので、気になって聞いてみると、「笑った表情」なのだと言っていました。


そういえば映画のターミネーターシリーズの最新作で、シュワちゃん演ずるターミネーターが、同じように歯をむき出して「イー」ってするような不自然な笑顔を見せていて、笑える場面がありましたね。





実際に「表情の乏しい人」というのは珍しくないですし、また一見「表情が豊か」でも、なんとなく不自然だったりわざとらしい感じがする人もいます。


人と接するときの表情というのは、非常に重要なコミュニケーションツールだと思いますし、カウンセラーにとってはある種の商売道具とも言えるでしょう。


笑顔だけではなく、不安な表情、悲しい表情、辛そうな表情、困った表情など、様々な表情がありますが、果たして自分はどこまで豊かな感情表現ができているか、しっかり意識してみる必要があるかも知れませんね。



猫も表情があるんだニャー


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2016年07月10日

人生は「一期一笑」だよ


すもももももももものうち


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プラムと呼ぶよりスモモのほうがしっくりきますね(^_-)-☆



今日は竹の子会主催のグループワークトレーニングに参加してきました。


先月は岐阜で「構成的グループ・エンカウンター」に参加したばかりなので、実技のワークが続いています。


俺もなんだかんだと言いながら、けっこう真面目に勉強してるじゃん!(^^)!


そうそう、今日は竹の子会を離れて初めての一般参加だったんだけど、これまでとはずいぶん印象が違いました。


会場のホールって、もっと広くて参加者で犇めいて(ひしめいて)いる感じだったけど、今日は全くそんなふうには思わなかった。


これまでは会場全体や参加者全員が気になって、キョロキョロしていたんでしょうねー



そして今日の感想は・・・


人生は「一期一笑」だよ、おっかさん!


まあ、「おっかさん」は余計ですが、「一期一笑」というのは心からの気持ちです。


ちなみに「一期一笑(いちごいちえ)」は私の造語だけど、そのうち何かに使うかもしれないからパクっちゃダメよ(-_-)


ずっと会いたかった人、懐かしい人、いつもお会いする人、初めてお会いした人


竹内先生もいつもと変わらぬ素敵な講師っぷりでした。


皆さんと笑顔で挨拶を交わし、お話をして最後に笑顔で握手をしてお別れしました。


ずっとカウンセリングの勉強を続けてきて、竹の子会の活動にも参加させて頂いて


でも、今年の春で竹の子会を離れ、相変わらずただのペーパーカウンセラーでしかない私ですが、決して無駄な時間を費やしていたわけではなかったですね。


こんな私に笑顔で声をかけてくださる方が、本当にたくさんいらっしゃるなんてね。


それぞれの人生で、今日の出会いは一度きりなんだけど、それが笑顔で始まって笑顔でお別れしたことが、すごく嬉しかった。


もしもう一度お会いすることがあったら、やっぱり元気な笑顔でお会いしたいものですね。


皆さんどうもありがとう<(_ _)>




とっても良い一日だったニャー

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posted by おやじカウンセラー at 23:08 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする