2016年09月18日

今年の夏と勉強(コラージュ体験の巻)


夏ノ暑サニヘロヘロニナリナガラモ学ブ気持チヲ持チ続ケテイル。


サウイフ者ニ私ハナリタイ。



というわけで、今年の夏は暑さに負けずカウンセリングの勉強もそれなりに。


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8月某日に、私の古巣である「竹の子会」主催の「コラージュセラピー体験講座」に参加しました。


雑誌やチラシの写真を、自由に、とにかく好きなように貼ってゆくのがコラージュセラピーの醍醐味なのです。


今回も自分なりに納得の作品ができました。


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上手い下手なんて関係ありませんが、良くも悪くもその時の自分の心が表れるので、言葉ではない自己表現ができます。


それに作品が出来上がった後のスッキリ感は半端ないです。


今回講師を務めていただいたカウンセラーの速水先生はコラージュセラピーの個人セッションも行っておられるので、興味がある方は体験してみては。


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2016年08月02日

「心のとげ」の法則


今日はおそろしく暑かった。(-_-;)

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明日もふるえるほど暑いのだろう。


どうせなら寒くてふるえたほうがいいと、最近のおやじは思う。(*_*;




今日は「心のとげ」の話をします。


人は誰しも「心にとげ」を持っています。


昔のつらい出来事だったり、ずっと満たされない思いだったり、誰かに酷く傷つけられた過去だったり・・・


そういうのがね「心のとげ」になってしまうんです。


そしてその「とげ」は、ハリネズミみたいに外向きに生えている人と、自分に向かって内向きに生えている人がいます。


ことあるごとに「あなたが悪い」「あいつのせいだ」と言って、周りの人をちくちくと、ときにグサッと傷つける人。


逆に「きっと私のせいね」「自分さえ我慢すれば」と言って、自分で自分の心を傷つけてしまう人。


人は生きている限り、傷つけたり傷つけられたりするものです。


でもあまりに「心のとげ」がたくさん生えていたり鋭く尖っていると、なかなか治らない傷が残ってしまいます。


自分がどんな「心のとげ」を持っているか・・・


その「とげ」はどっちを向いて生えているか・・・


それを知っているだけでも、むやみに人を傷つけたり、自分で自分を傷つけたり、あるいは深い傷を負うことが少なくなるように思います。


そしてその「心のとげ」は、なかなか簡単には抜けません。


でもね、それでもあきらめずに根気よく、自分の事も他人の事も認めてあげるように、大切にあつかうように心掛けるしかないと思います。


そうするといつかは「心のとげ」も少しずつ丸くなって、柔らかくなって、


いい感じの「心のひだ」になって


他人や自分の「心の痛み」がわかってきて


むやみに傷つけたり傷ついたりしなくても済むようになるんじゃないかなあ。


私はそう思います。


いつも優しい笑顔で生きている人ほど、かつてはたくさんの「心のとげ」に苦しんだ人なのかも知れませんね。




お知らせ

コラージュセラピー体験会in豊田

http://counseling-an.com/renai/corajyu.html

私も参加しますよ🎵




猫は「とげ」じゃなくて「ひげ」なんだニャー


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2016年07月30日

アンタの価値観を人に押しつけるな!(後編)


ここ最近はひと月に2回程のペースで、カウンセリング関係の勉強会や講座、ワークショップに参加しています。


プロではなく、自己啓発の一環としてカウンセリングを学ぶ私には、これが精一杯であり十分でもあります。


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来月の8月21日(日)には、竹の子会主催の「コラージュセラピー体験講座」に参加を申し込んでいます。


上の画像は昨年の同講座での私の作品ですが、今回はどんな作品が出来上がるのか、今の心情がどのようなカタチで表現されるのかが、今からとても楽しみです♪


興味のある方はぜひご参加下さい。⇒「コラージュセラピー体験講座in豊田」




ここからは「アンタの価値観を人に押しつけるな!(前編)」の続きです。


前回の記事ではずいぶんキツい乱暴なことも書きました。


しかし、現実に「価値観の押しつけ」をする人は少なからず存在していて、その迷惑を被っている人がいるわけです。


そういう人はとにかく我慢が出来ないのです。


相手からかなりはっきりと「私にかまわないで欲しい」と言われても、どうしても知らん顔ができなくて、どんどん関係を拗らせてしまう人を私は知っています。


友人、知人とかではないとても関係が深い人です。


その人を見ていて、悪気がないのはよくわかります。


善意からの行動であることもよくわかります。


でもやっぱり相手にとっては迷惑なのです。


自分のテリトリーに土足で踏み込んで欲しくないのです。


「私とあなたの関係なのに水臭い」と思うかも知れませんが、いつでも誰とでも深く付き合いたいと思っている人は、世の中にそれほど多くはいないと思います。


はっきり言うと「相談する側が相手を選ぶ」のです。


街を歩いていてよく道を尋ねられたり、行楽地で写真を頼まれたりする人がいます。


どうやらそういう人は、見ず知らずの人からものを頼まれやすい雰囲気や独特のオーラがあるようです。


決して自分から「シャッター押しますよ」とか「私に道を尋ねてください」という看板をぶら下げて歩いているわけではありません。



人に有益なアドバイスをしてあげたい。


悩んでいる人の心配をしてあげたい。


困っている人を助けてあげたい。


誰かに何か頼まれ事をされたい。


自分の知っている情報を教えてあげたい。


ひとりでも多くの人の役に立ちたい。



それを相手が望んでいるのであれば、ぜひチカラになってあげましょう。


ただし、自分から相手にずかずかと近寄ってゆくのではなく、黙っていても相手の方から歩み寄ってくるような、そんなオーラを漂わせる人になってもらいたいと思います。


気配りと 大きなお世話は 紙一重


そう、決して真逆なことをしているわけではなく、ほんの紙一重の差なのです。


そしてその紙一重を超えるために必要なのは、


相手の言葉にしっかりと耳を傾けること



これに尽きると思います。


ちなみに私は他人から道を尋ねられたり、シャッターを押して欲しいと言われることは滅多にありません。


そのかわり食堂やレストランでは黙っていても


「大盛りになさいますか?」


と聞かれることがよくあります。


どうやら私のオーラは、そっち方面にやたらと出まくっているようです。(-_-)



最後に落ちがついたニャー


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アンタの価値観を人に押しつけるな!(前編)


夏といえばやっぱりでしょう。


こないだ嫁と食べに行ったよ。


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評判の店も代替わりすると味が落ちたといわれるのは、「鰻屋あるある」ですね。


ひつまぶしもいいけど、やっぱり気取らずに鰻丼を大盛りでガッツリ食うのが男というものです。( `ー´)ノ




さて今日は価値観についての話です。


大盛りの鰻丼のようにガッツリ書きます。


当たり前のことですが、人が持つ価値観は皆それぞれです。


多少は似かよっていることがあっても、全く同じ価値観を持つ人間は世の中に自分ひとりしかいません。


例えば仕事に対する価値観でもいろいろあります。


仕事はお金を稼ぐためにするものだから、たくさん稼げないようでは意味がない。


自分の能力を高め、仕事を通して自己を成長させることが一番大切。


組織やチームの中で自分の役割を果たし、仲間とともに良い仕事をすることが重要。


自分の好きなことを仕事にしてそれをとことん追求したい。


人生を楽しむことが最優先で、仕事はそのために必要だからする。


仕事をすることで社会に貢献し、人のためになることが喜び。



他にもいろいろあるでしょうし極端なことを言えば、「仕事なんかしたくないし働いた時点で負け」と考える人もいるかもしれません。


仕事を例に挙げましたが、他にも健康、恋愛、お金、家族、勉強、遊びなど、生きるうえで関わってくる全ての事で、人それぞれの価値観があるのです。


そうした多種多様の価値観を持った人たちが、コミュニケーションをとることで社会は成り立っているのです。


しかしこうした価値観の違いから、人間関係のトラブルに発展することは少なくありません。


というより全ての人間関係のトラブルは、価値観の違いが原因だといってもいいでしょう。


その中の一つのパターンで、


「自分の価値観を他人に押しつける人」


というのがあります。


価値観の相違自体は基本的に各個人の自由なのですが、それを他人に押しつけるとなると大いに問題アリなのです。


そしてこの困った問題は女性に多く見受けられると私は感じています。


女性の場合良くも悪くも、誰かの世話を焼きたいとか、面倒をみたいというような思いが本能的に強いようです。


時にそれが過剰に、あるいは相手の望まないカタチで発揮されてしまうと、価値観の押し付けと感じられてしまうのだと思います。


「そんなの女性蔑視だ!」という声も「大きな声では言えないけどアンタの言う通り」という意見もあるでしょうが、ここは勝手に話を進めます。


最近は「ブレーキの壊れたダンプカー」になりつつある私なので、遠慮なく言わせてもらいます。


世の中(の女性とやや男性)には、「自分は自分、人は人」が理屈では理解していても実践できない人がいます。


そして知らず知らずのうちに、こっそりと周りの人に迷惑をかけているのです。


他人の顔色や空気や雰囲気を読んで、相手の望むことを察して気配りや上手に手助けができる人のことを「気の利く人」といいます。


女性には男性よりもこうした気配りができる「気の利く人」が多いのも事実ですが、肝心なのは「気の利く人」かどうかを判断するのは、「気配りされた相手」だということ。


「気配り」を実行するためには、うんと相手に(物理的心理的に)近づく必要があります。


そして最終的には相手の領域に踏み込むことになるのです。


これはねー、なかなかな簡単なことではないし、ある意味危険を伴います。


いや、やるのは簡単ですよ、でも相手から「感謝される・有難いと思われる」かどうかは別問題なのです。


たまに「感謝されなくても嫌われても相手のためだから」なんてことを言う人がいますが、身内ならともかく赤の他人にとってはそれこそ「寝言は寝て言え」というやつです。


ブレーキが完全に壊れたみたいなのでどんどん言っちゃいましょうね。


分かりやすく言ってしまうと、



気配りと 大きなお世話は 紙一重



なのです。


おお!いい感じで五・七・五の俳句調になりましたねー(^^♪


では、皆さんも大きな声でもう一度(^O^)/


気配りと 大きなお世話は 紙一重



まあちょっと言い過ぎた感はありますが、そういうこともあるということです。


長くなったので後編に続く・・・<(_ _)>



書くのも読むのも疲れるニャー

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2016年07月28日

刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ


赤い頭巾が可愛いお地蔵さまですね。


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お地蔵さまは人々の苦悩を大慈悲の心で包み込み救ってくれるそうです。


お地蔵さまの数だけ、人々の苦悩も多いということなのでしょうか。





信じられないような凄惨な事件が起きてしまいました。


相模原市の障害者施設で起きた事件です。



戦後最大とも言われる19人の犠牲者と騒がれていますが、その一人ひとりの人生と残された親族の悲しみの重さは、その人数や被害者が障害者であることとは全く関係ありません。


もし自分の大切な我が子や親兄弟が被害者であったらと想像すれば、事件の重大さが身に沁みて感じられると思います。



そしてこの事件の犯人について、いろいろと気になる情報が出てきています。


犯人は、今年の2月にその言動が問題になって措置入院の処置を受けていますが、実はこの措置入院という処置は、そう簡単に実行されるわけではありません。


そして措置入院が成立したということは、少なくともその時点では「自傷他害の可能性が高い精神障害者」と診断されたことを意味します。


犯人についての一連の情報や、護送中の不敵な笑みを浮かべた表情からも、その異常性が強く感じられます。


今後、刑事事件として裁判が進む過程で、この犯人に対して精神鑑定が行われることはまず間違いないでしょう。


そこで問題になるのがこの法律なのです。


刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ


今回の事件では、被害者が社会的弱者とされる障害者の方たちだったことが、大きな注目を集めていますが、もし犯人自身が精神障害による心神喪失状態を理由に、その責任と罪を問われないとしたら・・・


「刑法39条」はその文言にカタカナが使われていることからわかるように、明治時代に制定された法律です。


精神障害者の人権が著しく不当に扱われていた時代の法律を、今の時代にそのまま当てはめることに問題はないのか。


「刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ」とはつまり、精神障害者は被告人として罪を償う人権を与えられていないということなのです。


実際に精神障害の当事者からも、この法律は障害者差別ではないかという声があがっています。


私個人としては、全く罪のない人を意図的に殺めるような行為に対しては、いかなる者であっても平等にその責任と罪を問うべきだと考えます。


今回の犯人に対し、一旦は措置入院という処置がとられながら、わずかの期間で退院したという事実があります。


なんとかこの事件を未然に防ぐことは出来なかったのかという思いがしてなりません。




最後に言っておきますが精神障害者が犯罪を犯しやすいという事実はありません。

健常者の犯罪率
94万人/12,000万人=0.01%(127人に1人)
精神障害者の犯罪率
3,460人/320万人=0.001%(924人に1人)

※参考資料   平成25年度犯罪白書


この社会で暮らす全ての人々の人権は平等に守られるべきというのが私の考えです。




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posted by おやじカウンセラー at 01:09 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

嫌いな人との付き合い方


朝日を眺めることより、日が沈む様を見ることのほうがずっと多いです。


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夕暮れは寂しさを味わう時間でもありますね。




さて今回の記事は「嫌いな人との付き合い方」です。


「嫌いな人」と付き合うことは、誰もが大きなストレスになります。


だからといって、嫌いな人と全く付き合わないというのも現実的には難しいことです。


ではどうすればいいのかというと、極論を言えば「出来るだけ嫌いな人を減らす」しかありません。


例えば職場の人間関係で言うと、そもそも気の合う者同士が集まって組織が出来ているわけではないのですから、「たまたま好きな人や気が合う人がいれば儲けもの」ぐらいに考えた方がいいでしょうね。


仕事に関しては、「好き嫌い」より「仕事ができる出来ない」のほうがずっと重要だと自分自身に言い聞かせることです。


それでもどうしても嫌いな人とは仕事ができないというのであれば、思いきって転職することも選択肢の一つですが、新しい職場でも「嫌いな人」は必ず現れると思います。


気が済むまで転職を繰り返すのもアリですが、何度も同じ状況に陥るようなら、やっぱり「嫌いな人」を減らすように努力するほうが結果的に問題解決の早道です。


プライベートでの人間関係については、はっきり言って「嫌いな人」とは縁をどんどん切ってしまえばいいのです。


そうして次々に「嫌いな人」を遠ざけてしまえば、理屈的には「好きな人・気が会う人」ばかりが残り、楽しいプライベートタイムを過ごすことが出来るはずです。


そもそも「嫌いな人」との関係で悩むことが多い人は、「人を嫌いになる能力が高い人」です。


どうしても「他人の良いところ」より「嫌なところ」が目に付いてしまう人は、相手とわかりあいたいという願望が人一倍強い反面、それが満たされない不満を抱えているように思います。


しかもそういう人は「自分の事も嫌い」だったりします。


嫌いな人をどんどん遠ざけた結果、自分の周りに誰も友人や仲間がいなくなってしまったとしたら、あなたはやっぱり「人を嫌いになる能力が高い人」なのかも知れません。


自分自身も含めた「人」の見方感じ方が主観的だと、どうしてもマイナスの部分に焦点を当ててしまいがちです。


出来るだけ自分のこと、自分と他人の関係のことを、第三者的に客観的な目で見るように心がけることで、好き嫌い以外の基準も含めたトータルで人を判断できるようになると思います。


私自身のことを言えば、「好きと嫌いの間のグレーゾーン」で他人を意識する事が殆どです。


しかも幸いなことに、「どちらかといえば好き」というホワイトに近いグレーの場合が多いので、あまり人間関係で悩むことは多くありません。


おそらくこれは私が物事を客観的に見るクセが強いからだと思います。


ただこれも善し悪しで、あまりに客観視が過ぎると、常にどこか他人事のように物事を感じてしまうため、その言動から「冷たく醒めた印象」を人に与えることがあるようです。


人の好き嫌いで思い悩むのも、人間らしさの表れと考えれば、けっして悪いこととは言えないし、自分の気持ちに素直な人だからこその悩みなのでしょう。


最後に「嫌いな人」が自分の身内であった場合の付き合い方ですが、これが一番難しいです。


私には難しすぎてよくわからないので、もう少し勉強してから機会があれば書いてみたいと思います。



猫だって好き嫌いがあるんだニャー

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2016年07月24日

人に期待すること


休日の朝はのんびりモーニングタイムです


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今朝は一時間ほどウォーキングで汗を流しましたが、その分はすぐにカロリー補給。


なので夏バテ気味でも食欲は落ちず、体重は増加傾向なのが今の悩み・・・(-_-)




さて普段の生活でよくあることですが、ついつい人に期待してしまいがちですね。


家族であったり職場の上司や部下であったりプライベートでの仲間に対してです。


口に出すかどうかは別として、ああして欲しい、こうして欲しいと期待し、結局は期待通りには事は運ばず、なぜそうしてくれない、などとイライラしたり、モヤモヤしたりしてしまいます。


何かを自分の思い通りにしようとすると、その思いが強ければ強いほど、上手くいかなかったときの苦悩も大きくなるようです。


「クライエントを丸ごと受け入れる」ことがカウンセリングの第一歩であるなら、まずは普段の生活で実践することが勉強なのかもしれないですね。


やっぱり期待しちゃうんだニャー

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2016年07月12日

ユングの高笑い


ソーメン、ざるそば、冷やし中華 (^.^)

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どれも大好きだけど、野菜天ぷらのぶっかけうどんがマイブームです🎵




さて、最近は意識して読書を頑張っていますが、もうすぐ読み終わる本がこれ。


人の心がつくりだすもの -
人の心がつくりだすもの -


河合隼雄先生の対談集ですが、カウンセリングとは関係のない話題も多く、そこが逆に面白くもあります。


その中で、「ユングの高笑い」という話が出てくるのですが、実際にユングは感情表現が豊かな人だったらしいですね。


ユングが言っていたわけではありませんが、


笑うという行為と心身の健康には関連がある。


そんな話も出てきて、なかなか興味深い本です。


楽しいとき、気分がいいときに笑うのはもちろんですが、別に楽しくも面白くもなくても、つくり笑いでも何らかの効果があるというのです。


私は普段、わりと笑ったり笑顔でいることが多いのですが、それは意識してそうしているわけではないです。


たいして笑う場面ではない時でも、へらへらとバカみたいに笑顔を見せたりすることもあるので、まあ一種のクセみたいなものでしょうか。


世の中にはあまり笑顔を見せず、いつも気難しい顔をしていたり、怒ったような表情をしている人もいて、本人はそのつもりではないのに「何か怒ってるの?」なんて言われたりすることもあるみたいです。


私の知人が本人のブログに、やたらと歯をむき出しにした変な表情の写真を載せていたので、気になって聞いてみると、「笑った表情」なのだと言っていました。


そういえば映画のターミネーターシリーズの最新作で、シュワちゃん演ずるターミネーターが、同じように歯をむき出して「イー」ってするような不自然な笑顔を見せていて、笑える場面がありましたね。





実際に「表情の乏しい人」というのは珍しくないですし、また一見「表情が豊か」でも、なんとなく不自然だったりわざとらしい感じがする人もいます。


人と接するときの表情というのは、非常に重要なコミュニケーションツールだと思いますし、カウンセラーにとってはある種の商売道具とも言えるでしょう。


笑顔だけではなく、不安な表情、悲しい表情、辛そうな表情、困った表情など、様々な表情がありますが、果たして自分はどこまで豊かな感情表現ができているか、しっかり意識してみる必要があるかも知れませんね。



猫も表情があるんだニャー


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2016年07月10日

人生は「一期一笑」だよ


すもももももももものうち


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プラムと呼ぶよりスモモのほうがしっくりきますね(^_-)-☆



今日は竹の子会主催のグループワークトレーニングに参加してきました。


先月は岐阜で「構成的グループ・エンカウンター」に参加したばかりなので、実技のワークが続いています。


俺もなんだかんだと言いながら、けっこう真面目に勉強してるじゃん!(^^)!


そうそう、今日は竹の子会を離れて初めての一般参加だったんだけど、これまでとはずいぶん印象が違いました。


会場のホールって、もっと広くて参加者で犇めいて(ひしめいて)いる感じだったけど、今日は全くそんなふうには思わなかった。


これまでは会場全体や参加者全員が気になって、キョロキョロしていたんでしょうねー



そして今日の感想は・・・


人生は「一期一笑」だよ、おっかさん!


まあ、「おっかさん」は余計ですが、「一期一笑」というのは心からの気持ちです。


ちなみに「一期一笑(いちごいちえ)」は私の造語だけど、そのうち何かに使うかもしれないからパクっちゃダメよ(-_-)


ずっと会いたかった人、懐かしい人、いつもお会いする人、初めてお会いした人


竹内先生もいつもと変わらぬ素敵な講師っぷりでした。


皆さんと笑顔で挨拶を交わし、お話をして最後に笑顔で握手をしてお別れしました。


ずっとカウンセリングの勉強を続けてきて、竹の子会の活動にも参加させて頂いて


でも、今年の春で竹の子会を離れ、相変わらずただのペーパーカウンセラーでしかない私ですが、決して無駄な時間を費やしていたわけではなかったですね。


こんな私に笑顔で声をかけてくださる方が、本当にたくさんいらっしゃるなんてね。


それぞれの人生で、今日の出会いは一度きりなんだけど、それが笑顔で始まって笑顔でお別れしたことが、すごく嬉しかった。


もしもう一度お会いすることがあったら、やっぱり元気な笑顔でお会いしたいものですね。


皆さんどうもありがとう<(_ _)>




とっても良い一日だったニャー

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2016年07月03日

紙の本が滅びる社会


今日は7月3日日曜日の朝、おはようございます<(_ _)>


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昨日は2時間ほどウォーキングして、そのあと喫茶店で雑誌と本を読みました。


強い日差しをうけて、緑に囲まれた道を歩いていると、なんだか子供の頃の夏休みを思い出しますね。


その後、自宅に帰ってバイクの整備をして、また読書。


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そういえばずいぶん前に老眼鏡つくったのに、最近は全然使ってないなあ。



で、今朝・・・


目が覚めると、脳が「月曜の朝だよー」と誤認知して、ため息をつきながら「ああ、もう仕事かー、会議行かなきゃ」とおもむろに寝床を出て、ヤクルト飲んで一服していたら、今日は日曜だってことにようやく気づきました。


出かけるまでに少し時間があるので、また本を読んでいます。


本好きが高じて、小さな書店の店長をしていたこともある私ですが、最近は随分読書量が減りました。


原因の一つはやっぱりインターネットです。


お手軽簡単に文字や映像の情報が得られる社会は確かに便利ですが、その情報を処理する人間の方がついていけていない気がします。


人類が火を使うことを覚え、農耕を始め、産業革命が起き、それが現代社会の基礎となりましたが、そうした変化を凌ぐのが、情報化社会への変革だそうです。


パソコンやスマホなどの情報機器も、いずれは超小型化され、最終的には直接チップを脳に埋め込むような、そんなSF映画のようなことが現実になると思っています。


紙の本などは歴史の遺物になるんでしょうね。


そろそろ時間になったので、原付バイクで走りに行ってきます。



今日も暑いんだニャー

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2016年07月02日

ヒトは成長しなければいけないのか


おはようございます<(_ _)>


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雨の季節は緑が溢れる季節でもありますね。



さて、朝っぱらから真面目な記事を書いています。


「ヒトは成長しなければいけないのか」というタイトルですが、


はい、「ヒトは成長しなければいけない」と私は思います。


「マズローの欲求段階説」には、5段階の欲求階層の上に、さらにもう一つの段階があるらしい。


それは「自己超越」 の段階である。


でもそんな立派な理論はマズローにまかせておく。


出来が悪くても自分の頭で考え、拙くても自分の言葉で語りたい。


「ヒトは成長しなければいけない」その理由を、私自身は、


「社会で生き抜くため」



そう答えたいです。


この世の中は厳しく、最後に自分を守ってくれるのは自分自身だからです。


社会福祉は、黙っていても助けてくれるものではなく、個人が行動して利用するものだとも思います。


56年間生きてきて感じるのは、やっぱり世の中は「弱肉強食」の世界なのだということ。


誤解を恐れずに言うと、


「個人の成長ができない者=弱者」なのです。


もちろん、そうした「弱者」が安心して生きられる社会こそ、成熟した社会なのでしょうが、日本のように豊かに発展した社会でも、成熟にはまだまだ程遠いのが現実です。


「ヒトが成長すること」「強くなること」であるなら、それは結果的に「成長できない弱者を切り捨てる」ことにつながるという考えもあります。


ある意味その通りかもしれません。


カウンセリングの世界でも、多くのカウンセラーは生き残るために「必死で成長しようと努力」しています。


十分な顧客(クエライエント)を確保できていないものは、より多くの顧客を得るために、カウンセラーとしての腕を磨き、顧客獲得セミナーに参加して「起業カウンセラーとして成長すること」を目指します。


カウンセラーとして成長し業界で生き残ることが、結果として一人でも多くのクライエントを援助することに繋がると信じているからです。


そしてそれは全く間違ってはいません。


「強くなければ、生きて行けない」


そして


「優しくなければ、生きている資格がない」



というあまりに有名な言葉がありますが、


まず生き抜いていかなければ、ものを語る資格すらないのです。


身体も脳細胞もすっかり成長を終えたというのに、それでも「ヒトは成長しなければいけない」のですから、本当に難儀なものです。(-_-)


成長なんかしなくても全然平気ー(^O^)/



誰かそう言ってくれませんかねー


ポチリで癒されるんだニャー🎵

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2016年06月27日

どこでカウンセリングを学ぶか

我が家のゴーヤもすくすくと育っています。


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さて、今日は岐阜で行われた「構成的グループエンカウンター」に参加してきました。


グループワークと構成的グループエンカウンターの違いは、明確に線が引けないところもありますが、どちらもカウンセリングの体験学習として、機会を見つけて学んでおきたいものです。


いずれにせよ、こうした体験学習は、ファシリテーターの力量と、参加メンバーによって、学びの度合いが違ってきます。


今日は旧知のカウンセリング仲間である、吉井先生岡島先生も参加されており、勉強不足の私は「なんとか必死でついていけたかな・・・」といった感じの、レベルの高い勉強会でした。


ところで、カウンセリングを学ぶ機会はたくさんありますが、その中からどうやって選べばいいのか、という問題があります。


もちろん出来るだけ質の良い講座、セミナーで学ぶことがとても大切です。


それがお金や時間の無駄をなくすことになりますし、なによりカウンセラーとして成長するには、どこで学ぶか、誰に学ぶかがすごく重要なのです。


具体的に、どこで?誰に?とはここでは書きませんが、そうした機会を得るためには、日頃から情報収集を怠らないようにしたいものです。


講師のHPやブログから、カウンセラーとしての活動実績や人となりを知ることは非常に重要です。


講師のプロフィールに、所有している資格名をずらずらっと並べ、卒業生の歯が浮くようなコメント(このスクールで学んで幸せになった等)をいっぱい載せ、あとはひたすら入校を薦めるようなHPもありますが、肝心なのはそこではありません。


講師のカウンセラーとしての臨床経験がはっきり書いてあるか、その持つ知識やカウンセリングに向き合う姿勢が分かるような文章が書いてあるか、そこをチェックすべきです。


他にはカウンセリングを学ぶ仲間との情報交換や口コミも大切ですが、最終判断は自分の責任で下すべきです。


個人的には、特定のスクールや団体で学ぶ際は、基礎知識から実技などをトータルで学べる利点はありますが、それだけにしっかり吟味してから慎重に選定してほしいと思います。


大金を払って入校してから、「失敗した・・・」と気づいても遅いですしね。


何事も基本をしっかり身につけることが大切ですから、最初は焦らずにカウンセリングの基礎をいろいろなところで学ぶことが良いのではないでしょうか?


スクールによっては、独自の理論やオリジナルの手法を売りにしているところもありますが、やはり基本をしっかり身につけることを最優先にしましょう。


今日は久しぶりに午前、午後の勉強会に参加しましたが、基本を学ぶこと、しっかり理解し身につけること、そして実践することの大切さを、改めて実感した一日となりました。


毎日ブログを更新するのは、まさに修行です。
それを長い間実践している方たちは、本当にすごいなあと思います。
何とぞ応援のポチリを宜しくお願いいたします(^O^)/

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2016年06月22日

コミュニケーションの限界


蒸し暑くジメジメしているのが大の苦手で、早く梅雨が明けるようにと、てるてる坊主にお願いしたいと思っている、見た目だけはてるてる坊主のようなおやじカウンセラーです。


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で、本日の記事に突入( `ー´)ノ


「コミュニケーション能力が高い人」「会話が上手い人」というイメージがある。


物怖じせず誰とでも話せる、自分の意見をはっきり言える、相手を説得するのが上手い、ボキャブラリーが豊富、頭の回転が速くて言葉がポンポン出る・・・


だいたいこんな感じだと思うけど、本来の会話って、二人以上の人がそれぞれお互いに、言葉や身振り手振りや、時にはアイコンタクトなんかで、伝え合うとか分かり合うということのはずなのに、なんか話すのが達者な人が、コミュニケーション上手な人になってる感じがする。


いろんな場面で、口が達者な人は、いかに自分の意見が正しいかを、ときに諭すように、ときにたたみ掛けるように、ときに様々な事例や理屈を並べて、場合によっては声を荒げたりして、相手を説得してくる。


これが上手い人は、仕事なんかだと自分に有利な方向にことを運べるので、けっこう出来るヤツなんて思われたり、自分でもそう思ってるっぽいふしがある。


でも実際のところ、相手は全然納得してないんだよね。


だって自分の意見を通すために有利な理屈を見つけて、一方的に話して、相手の意見は素早く上げ足を取って、否定するための理屈を素早く見つけて・・・けっきょく、私の言うことが正しいでしょ!?って結論を押し付けているだけだもん。


確かに頭の回転は速いと思うけど、相手にしてみれば心から納得できていないし、本当はもの凄く違和感を感じてるわけ。


だけど、上手く反論出来ずに、自分の意見も言えずに、情けないやら、腹が立つやらで、しかたなくしぶしぶ受け入れるか、黙り込むか、あきらめるか、頭にきて会話じゃない方向へ向かってしまうか、それぐらいしか手立てがないわけ。


そして、こうした会話上手には、簡単に分けると二通りの人がいる。


ひとつは故意にそういうことをしている人で、自分の意見が一方的であることは気づいていて、多少の矛盾や、間違いや、ほころびがあるのも知っていて、それでも何かの目的を達成するために、意図的にそういうやり方をしてる人。


もう一つは、まるっきり自分の考えを疑ってなくて、その考えが正しいと信じ切ってて、ちゃんと話せば絶対に相手も理解して納得するはず、って思いこんで、自分の矛盾や勘違いに全然気づいていない人。


で、どっちも同じことをしているんだけど、私が思うにはわかっててやってる人は、まだ何とかなるわけ。


このタイプとの会話は、後出しジャンケン方式で、気が済むまで言いたいことを言わせるに限る。


言いたいことをさんざん言わせると、何処かしこに小さい矛盾や間違いが出てくるから、落ち着いて丹念にそこを確認していくと、だんだんぼろが出てくるので、おもむろにそこを突っ込むのだ。


でも思い込みタイプはそうはいかない。


そういう人は、一種のセルフ洗脳状態みたいなもんだから、本人は理論的に話してるつもりでも、実は全然そうじゃなく、理屈もへったくれもないのに、本人はちゃんと筋が通っていると思い込んで、これっぽっちも自分を疑ってないわけ。


これはこうしてやった方がいい、あれはああしたほうがいい、なんでこうしないのか?ああしないのはなぜなのか?みたいな会話が繰り返されて、こちらから、何故そうしたほうがいいと思うの?なんて質問すると、


「だってその方が正しいし、いいに決まってるでしょ」


なんて、ビックリするようなことを平気で言う。


意見の違いを認めたうえで、会話することで答えを出そうとしているんじゃなくて、最初からその人にとっては、答えは一つで、宇宙の真理みたいなものなのね。


こんな人との会話は本当にうんざりするし疲れる(+_+)


そんな時に私はコミュニケーションの限界を感じるのだ。


そしてそんな人に限って、こんなことを言ったりする。


みんなの意見も聞いて相談して決めようよ🎵


たちの悪いブラックジョークとは、まさにこのことである(-_-)


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posted by おやじカウンセラー at 23:30 | 愛知 ☔ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「本業はカウンセラーですが、なにか?」


今日も暑いなか仕事して、おまけにここんとこずっとキャンセル続きだった歯医者に行って、まあしょんぼりして帰ってきたわけですよ。


「痛かったら手を上げてね🎵」って言われるんですけど、その言葉を信じて上げたって「ここ痛いんですねー」って、下手なカウンセラーみたく上っ面の共感ばっかりで、これがカウンセリングだったら次の予約なんかお断りなんだけど、歯医者なんでしぶしぶ予約したんですよね。


で、今日の記事なんですが、「本業はカウンセラーですが、なにか?」ってタイトルです。


時間がもったいないのでズバズバ書いていきます。


開業カウンセラー、やっぱり増えてますよねー。


私がカウンセリングの勉強を始めて、かれこれ10年近くなるんだけど、最初にカウンセリング受けて、最初に習って、そのままずっと教えて頂いてる先生が、個人開業のカウンセラーでした。


「へえー、カウンセリングのプロなんだー、これで稼いで家族もいるんだー」なんて感心して、歳も近かったんで勝手に親近感沸いて、おまけにいろいろ教えて頂いているうちに「この先生凄いぜ!」ってわかってきてね。


でもいろいろカウンセリングの勉強を続けて、産業カウンセラーの講座に通って資格を取ったり、たくさん仲間が出来たりするうちに、業界の真実に気づいたんですね。


カウンセリングで飯が食えてる人はほんの一握りだけ


ってことにね。


さらに、本当の臨床だけで食えてる人は一握りのうちのひとつまみ、ってこともわかった。


カウンセリングスクールの講師とかじゃなくて、クライエントから頂くカウンセリング料だけで生活できてる人なんて、本当にごくごく一部のカウンセラーなんだけど、たまたま運よくそういう先生に出会えて、そのまま教えてもらう機会に恵まれたという、今思えば偶然とはいえ人の出会いなんて不思議なもんですね。


そこで今回のタイトル「本業はカウンセラーですが、なにか?」なんですが、はっきりいうと、カウンセラーが本業と言いつつも、実際はほかに飯の種があるわけなんですよ、多くのカウンセラーの皆さんは。


もちろんそのことに何も問題ないですよ。


本業と副業の定義に明確な決まりがあるわけではなさそうだし、八百屋でアルバイトしながらカウンセラーをやってる人が、八百屋のバイト代が15万円でカウンセラー収入が3万円だったとしても、堂々と「本業はカウンセラーですが、なにか?」と言っていいんです(-_-)


それがカウンセラーの気概っていうか、そう矜持というものなんでしょうからね。


どっちが本業だとか、どっちが副業だとかは本人が決めることだし、私もそんなことはまるっきり興味ないんですよ、本当に。


ただね、ここからちょっと厳しいこと書きますよ、ちょっとだけじゃないかも知れないけど覚悟してね🎵


カウンセリングで飯が食えなければ、副業の仕事で飯を食うっていうのは、生きてくうえで当然なことなんだけど、これってね、実はけっこう困ったもんでね、けっこういつまでもずるずる行けちゃうわけなんですよ。


人一人が飯食ってくのはまあ楽じゃないけど、とりあえず健康ならなんとかなるわけで、まして独り身でそこそこ若ければ、ある程度どうにでもなるわけです。


もちろん大変ですよ、みんなが仕事終わってのんびりしたり、やれ休日だって言いながら遊んでいるときに、寝る間も遊ぶ間も惜しんで本業のカウンセリングに勤しんでいるわけで、収入だって贅沢するよりカウンセリングの講座や書籍代に消えるわけで、いろんなこと我慢しないとやっていけません。


プロの看板あげてる人は、相当の覚悟でもって、いばらの道に足を踏み入れているわけなんで、それはもう私みたいな、今の生活を優先に生きている人間には、とても真似できないことなんですから。


でも本当はね、カウンセリングで飯を食うってことであれば、もうすでにその辺でのたれ死にしてるかもしれないわけなんですよ、それを副業で生き永らえているというね・・・そんな現実があるわけなんです。


これね、そうとうこの記事を書くのはやめようかと迷ったんです。


これを読んで「自分のことだ・・・」って思う人もけっこういるだろうし、そういう人はもう誰に言われなくても、本当に必死で頑張って努力しているだろうし。


だから、「もうそろそろやめなよ」とか「もっと頑張れ」とか言うために書いたんじゃないんですよね。


じゃあ何かっていうと、私の本心として、そういう人たちがカウンセラーとしてちゃんと結果を出すことが、この業界の将来を左右すると思っているんですよ。


カウンセリングに命を懸けている人が結果を出せないで、いったい誰がこの業界を背負って立つというのか、っていう話なんですよ。



もうね、プライドも何もかもかなぐり捨ててね、なりふり構わず、もっと泥臭く、創意と工夫で、集客のためなら頭なんかいくらでも下げてね、本当に石にかじりついてでも、人のやらないことをやって、一本立ちして欲しいと思うわけなんです。


ブログでもネタがあろうがなかろうが、無理やりにでも毎日書いて、ありとあらゆる方法で自分をアピールして、顔写真もそれこそどんどん出して顔を売って、SNSでもユーチューブでも利用できるものは、全部使ってね・・・


私は「巨人の星」とかのスポ根漫画を見て育った世代なんで、根性とか泥臭くとかが好きなんで、こういう言い方するんだけど。


とにかくそういう必死感みたいなものがね、なかなか伝わってこないっていうのがね、正直な気持ちなんですよ。


これを読んでね、「なんだ、ど素人がエラそうなこと言いやがって(-"-)」って当然思うでしょうけど、それで発奮してパワーを出してくれれば、こんな記事でも書いた甲斐があるというもの。


これでもけっこう長い間カウンセリングを学んできて、最初に出会えたカウンセラーの先生にいろいろ教わる中で、いろんなカウンセラーを見てきて、その先生はいまだにどんどんカウンセラーとして大きくなって成長して、押しも押されぬ立場になっているし、10年前とかに既に一本立ちしてたり、頭角を現してた人たちが今でも活躍していて、でも残念ながらなかなかそこに食い込んでくる人たちっていないんですね。


でね、そういうなかでも新しく活躍してくる人って、グンって出てきたらけっこう一気に行くんですよ。


もちろん私の知っている業界なんて、ほんの一部ですよ、それはよくわかっています。


それでもね、やっぱり地道に頑張っている人たちが、もっともっとしっかり結果を出してきてもいいんじゃないかという、そういうもどかしい気持ちで一杯なんですね。


先日記事にした主婦カウンセラーの皆さんも頑張ってほしいけど、私はやっぱり男なんで、本音を言うとね、男の仕事としてプロカウンセラーの道を選んだからには、意地でも勝負に勝って結果を出して、そして堂々と胸を張って、


「本業はカウンセラーですが、なにか?」


と言ってもらいたい。


そういう思いでこのブログを書いたんです。


共感して欲しい、とかではなくて、本当に思いのたけをそのまま吐き出しただけなんで、まあ勝手なことばかり書いてしまったという気持ちはあるけど、これぐらいは書かないと他に大した取柄のないブログだしね。


そしてどう受け取るかは、読んだ皆さんにお任せします。


長々と最後まで読んで下さってありがとう<(_ _)>


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posted by おやじカウンセラー at 01:17 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月17日

コミュニケーション能力と人間関係


人が抱える悩みの多くは人間関係に関することだという。


他にも悩みの種はたくさんあると思うが、確かに人間関係で悩む人は多いだろう。
そして人間関係の悩みを解決する、あるいは少なくするためには、コミュニケーション能力を高めることが大切だということもよく聞く話だ。


ただ私自身は、果たしてそんな簡単なものなのか?という気がしてならない。


一般にコミュニケーション能力が高いと言われる人は、人と積極的に関わりを持とうとする傾向がある。
なぜならコミュニケーションが得意だから。
得意分野で積極的に能力を発揮しようとするのは自然の流れなのだ。
スポーツや勉強でもそうだろうし、遊びや趣味の世界でも得意なことは頑張れるし楽しいと思う。


しかしコミュニケーションというものは、相手があってこそ成り立つものだ。
そしてその機会が多くなればなるほど、問題が起きる可能性は高くなる。


何事も同じだと思うが、あまり苦労せずに何かが出来てしまう人は、出来ない人のことが理解できにくいものだ。
自分は人と積極的に関われるし、会話も上手く、はきはきと言いたいことが言えるだろう。
しかし相手も同じようにそうかといえば、必ずしもそうではない。


自分から人と関わることを躊躇してしまう人は、言いたいことが上手く言えない人、仲間の会話に上手く入っていけない人、人の言葉で傷つきやすい人、自分の言葉で相手が傷つくことを極度に恐れる人・・・だと思う。
そしてそんな人は世の中にいくらでもいる。


誤解を恐れずに言えば、コミュニケーションが得意と言われる人は、どこか鈍感なところがあると思う。
初対面の人と早く仲良くなるのも、多くの人と仲間の関係を築くのも、ある種の鈍感さがなければ無理なのだ。


鈍感というと、何か悪いように、馬鹿にしているように聞こえるかもしれないがそうではない。
日々生活をしていると、多少鈍感な方が物事が上手くいくことはいくらでもあるはずだし、人とのコミュニケーションもそうだと思う。
その鈍感がごく自然にとことん良い方向に発揮できる人を、天真爛漫な人というのだ。


対して、コミュニケーションが苦手とされる人は、往々にして人との関係に敏感である。
良く言えば繊細であり、悪く言えば過敏と言えるだろう。


そして敏感であるがゆえに、他者と関わることで傷つきやすく、また相手を傷つけることを恐れている。
さらに敏感な人は急激に距離を縮められることに強い抵抗がある。
そういう人との関係は、時間をかけて少しづつお互いに理解し合うことが大切なのだ。


人との関係において、鈍感な人敏感な人も、それぞれの長所と短所がある。
自分がどちらの範疇に入るのかは、カウンセリングを学ぶことで自ずとわかってくるはずだ。


それがしっかり理解できるようになれば、自然と自分に合ったコミュニケーションの取り方が出来るようになると思う。


ちなみに私が人(特に嫁)との関わりの上で、いつも心掛けていることが一つある。


理詰めでモノを言い過ぎて、相手を追い込まないこと



こんな記事を書くつもりではなかったのだが、書いているうちにどんどん説教臭くつまらない文章になってしまった。
少し反省<(_ _)>


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2016年06月16日

SNSとブログ


最近はビジネスの場でもSNSが積極的に活用されるようになってきて、私の勤め先でも例外ではない。


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LINE、Facebook、Twitter、Instagram・・・


私も社内の連絡、取引先との商談やデータのやり取りにメールを当たりまえに使っているが、SNSは自分の業務の範疇にはない。
そういう情報発信の仕事は、もっと若い人たちにお任せしている。


ではプライベートはどうかといえば、家族とのやり取りは専らSMS(Cメール)。
たまに画像を送るときにEメールを使う。


嫁とは毎日のようにメールのやり取りをする。大した内容ではないが、他人には絶対に見せられない(-_-)
こう見えて嫁とはけっこう仲良しである


次男とだけはLINEだが、そもそもやり取り自体が少なく、「帰りにアイス買ってきて」みたいな時だけだ。


そのLINEはつい最近になって始めた。次男以外は3人しか登録していないので、友達は3人だけということになる。
たった3人とは寂しいものだが別に問題はないし、基本的に友達を増やす予定もない。


そのうちの一人が遊び仲間なのだが、やたらとへんてこりんなスタンプを、意味もなく立て続けに送ってきて閉口している。
やってることはまるでバカな中学生の男子だ。
面倒なので「用もないのに変なスタンプばかり送るな!」と言ったらプッツリ音信が途絶えた。


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何か用事があればまた連絡してくるだろうから、ほっといても全く問題はない。


Facebookは前に知人に頼まれて会員登録だけはしたが、よくわからないまま一度も投稿しないで退会した。


Twitter、Instagram・・・世の中にそういうものがあることは知っている。


でも「いいね」が何なのかは知らないし「いいね」をすると、どんな「いいこと」があるのかもわからない。
知り合いに聞くと「読んだよ」というだけの意味ぐらいしかないらしい。


きっとお互いに「いいね」「いいね」「いいね」「いいね」・・・とやっているのだろう。
そして、私はいつも「いいね」するのに、あの人は「いいね」してくれないとか、女子中学生みたいなもめ事があったりするのだろう。


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あくまで想像でしかないがたぶんこうした「義理いいね」問題はあると思う。
そんな面倒なことを大の大人がよくやっているなと思うが、私がとやかく言うことではないので、好きにやってくれればいい。


そしてブログだが、そもそもブログはSNSなのか?
調べてみると、ちょっと違うようだ。


そのブログを書き始めて8年近くになる。
何事も三日坊主の私としては、よくもまあ続いたものだと、我ながら感心している。


昔のブログは画面右側の下の方に「過去ログ」として表示してあるので、死にそうにヒマな人は読んでほしい。


ちなみに昔の記事で、今でもよくアクセス上位にくる記事のベスト3がこれだ。
カウンセリングとは何の関係もない記事ばかりだが、自信作ばかりなのでヒマじゃない人もぜひ読んでくれ(+_+)



「どうしてハゲ親父は、人に笑われるような変な髪形をして、平気でいられるのか?」



「すずめのピッピを育てています」



「おんぼろスクーターのレストア日記・その後」



最近、長々とした記事ばかり書いていたので、今日は箸休めのようなブログになりました。たまにはいいよね(^^;


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posted by おやじカウンセラー at 22:18 | 愛知 ☔ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

誰からカウンセリングを学ぶべきか


今日の記事は結構長いです。暇なときに落ち着いて読みましょう。



何か面白いブログはないかと、ブログ村をうろついていると、凄いのを見つけました。すごいというより、酷いというべきか。


さすがにブログタイトルを公開するのは気が引けますが、[開業カウンセラーを目指す人のための養成講座を開いてますよ〜]という意味のタイトルで、ハンドルネームもほとんどタイトルそのまんま。


なんか凄そう・・・、と思い覗いてみると、なかなか立派なブログ。ついでにHPも見てみると、これまたかなり立派なものです。きっちりお金をかけてプロの手が入ってますな、これは。


で、肝心の中身はというと、まずは管理者のプロフィールが凄い。年間〇〇回以上の講座を開催し、〇〇人以上のプロカウンセラーを育成しました、という輝かしい?実績と横文字の所有資格の列挙のあとは、ひたすら講座の案内と、受講卒業生の「受講してから私の人生バラ色〜🎵」という写真入りコメントのオンパレード。


そして何が凄いって、ブログとHPの隅から隅まで探しても、講師の臨床経験がどこにも書いてない・・・。まさかプロカウンセラーを育成する講座の講師が、まともな臨床経験もないとは思えませんが・・・、きっとないんでしょうね〜(+_+)残念ですがそういうことがあり得る業界なんですから。


そんな臨床経験もなさそうな講師が運営するスクールに、「トヨタパッソ」の新車が余裕で買えるお金を払って、初級講座からプロ育成講座までの何段階もの講座を受けて、晴れて念願の開業カウンセラーとなった方たちが、満面の笑顔で自己紹介をしていました。


しかも皆さんそれぞれが、〇〇専門カウンセラーとか、△△メディカリスト、◇◇セラピスト、とかの惚れ惚れするような肩書を持ってらっしゃいます。私はもう脱帽してハゲ頭をさらすしかありません(-_-)


こんなブログ見なけりゃよかった・・・
と後悔してもあとの祭りです。


いや別にここがダメスクールだと決めつけたわけではないですよ。スクールとしては、立派なもんです。そもそもカウンセラー志望の人からお金を集めるのが目的なのは一目瞭然なのですから、しっかりその目的は達成しています。


何かのはずみで「心理カウンセラーになって開業しよう🎵」と思いついてしまった少々勘違いしている人達を集め、最後まで現実に気づかせないよう夢を見させて、しっかりとお金を頂いて卒業させる。


卒業した後に「ちょっとおかしい、全然クライエントが来ないじゃないの?」と言い出した人には、ちゃんと用意してありました。
プロカウンセラー集客セミナーってやつがっ!



なんて親切なんでしょう(>_<) おまけにブログ作成や定期的なアドバイスコースなどもあり、もうここまで来たらパッソどころか人気のハイブリッドカー「トヨタアクア」も軽く買えちゃいますね(^.^)


ここは真面目に一言!!


カウンセリングは受けるもので、する側になろうというのは考え直した方がいいです。それでもどうしてもなりたい」「命がけでなりたい」というのなら、まずはカウンセリングを受けてみてください。


同時にカウンセリングにまるっきりの素人なら、心理学、精神医学、カウンセリングの本を片っ端から読み漁ってください。最低でも10冊以上は読まないと意味はないです。10冊と言うのはあくまで最低ラインです。


しかも読みやすいHow to本より、少し難しくてもなるべく専門的な本がいいです。最初は難しくてわけがわからなくても、何冊か読んでいれば少しづつ理解できます。


そうした本を10冊ぐらい読み終えて、何度かカウンセリングを受けていると、なんとなくどこで学べばいいか、誰に学べばいいかがわかるようになります。たぶん・・・。


もしかしたら、そのころにはカウンセラーになる夢が萎んでいるかもしれませんが、それはあなたがそこまで本気でカウンセラーになりたいわけではなかったか、現実を知って冷静な判断が出来るようになったかのどちらかです。


そのときは「ああ、早く気づいてよかった♪」と思いましょう。


そのまま私のようにずるずると勉強を続けるのも、それはそれでアリですし、なかなか楽しいものです。


プロの開業カウンセラーというのは、心底からなりたいと思う人が、他に逃げ場のない状態で、尚且つ人並み以上の努力と、センスと才能を持ち合わせてこそ、ようやく成功できる(かできないか・・・)というものだと思います。


それがわかってて、それでもプロカウンセラーになると決めた人は、誰から学ぶべきか、どこで学ぶべきかがわかってくるんですね。そういう人たちは努力を惜しまず、夢の実現のためにいばらの道を進めるのだと思います。


その学びの一つがこれです⇒GWTグループワーク・トレーニングin豊田


受講料が安すぎる(車どころか中古自転車も買えない価格です)うえに、年に1回しか開催されず、卒業証書も認定書も発行しないのですが、講師の竹内成彦先生の講座を受けたいがために、バリバリに活躍している現役プロカウンセラーが、わざわざ遠く県外から参加したりします。


ただ本当に残席あと僅かのようですから、申し込みはお早めにね。


とにかく、別にプロにならなくても、カウンセリングを勉強すること自体はお勧めします。やっぱりカウンセリングはする側を目指すより、受けるものであり、学ぶものであると考えた方が幸せになれると思います。ただその際のカウンセラーは、慎重に選んでくださいね。


臨床経験がほとんどない講師が存在するのもこの業界の特徴ですが、カウンセラーを目指して勉強を始め、その資格まで取りながら、本人は一度もお金を払ってカウンセリングを受けたことがないという、摩訶不思議で笑い話のようなことが珍しくないんですから。


臨床経験に乏しい講師から学び、カウンセリングをろくに受けたこともないプロカウンセラーが誕生し、人の心の悩みに関わろうとする。そんなことがまかり通っているとは・・・


この業界、大いに問題ありですなっ(怒)



今日はこんな話題でした<(_ _)>


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posted by おやじカウンセラー at 22:59 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

「傾聴が上手いカウンセラー」ってホント?


今回の記事は、もしかしたら多少不快に感じる方がいるかもしれません。その時は腹を立てる前に読むのをやめましょう<(_ _)>


これからのカウンセラーは、これなら誰にも負けないという専門性特化分野を持たなければ、カウンセリング業界で生き残ることは出来ない。


以前からこういう話はよく耳にします。確かに年々開業カウンセラーの数が増え続けていることは事実でしょうから、その中で差別化を図り顧客(クエライエント)を得るには、ビジネスの世界では当然のことだと思います。


ただ、実際にどの分野に特化するか・・・?となるとなかなか簡単ではないようです。


まずはその分野に顧客のニーズが無ければいけません。あまりにも特殊な悩み、例えば回転寿司恐怖症のクライエントに特化しても、いったい誰がカウンセリングに来るのか?という話です。(あまりにくだらない例えでスミマセン<(_ _)>)


また、ダイエットなどはいくらニーズが多くても、すでに様々なビジネスが介入していて、その中で顧客を確保するのは、かなりの専門性や何か特別な優位性を持っていないと、はっきり言って無理でしょう。


私の知る、とあるベテランカウンセラーは、ダイエットをご自身の得意分野の一つとされていますが、他者に秀でたダイエットの専門知識はもちろんのこと、これまでの実績と、すでに相当の集客能力がある上の、さらなる付加価値として加えられての成功ですから、はっきり言って別格だと思っています。


まだ開業してそれほどの実績がなく、十分な顧客を確保していないカウンセラーにとって、自分が何を売りにすべきかということは、今後の死活問題につながる重要な案件であることは間違いないです。


と、長すぎる前フリは終わってここからようやく本題に。


時々、というかよくHPやブログで見かけるのが、「話を聴くのが上手なカウンセラーです」とか「しっかり話を聴くカウンセラー」といった謳い文句のカウンセラー。


まあ言ってることは間違ってはいないんだろうけど、ちょっと変じゃないですか???


「しっかり話を聴くカウンセラー」「ちゃんとラーメンを作るラーメン屋」と同じで、わざわざ言うことかなぁ・・・。今さら私が言うまでもなく、話を聴くこと、すなわち傾聴はカウンセラーにとって基本でしょ?その基本を売りにするってありなのか?という疑問を持ってしまいます。


現実として、ろくに傾聴が出来ないでプロになるカウンセラーもいるようだから、「私はそうではありませんよ」というのはあながち間違いではないのだろうけどね。


でも、それならはっきり言わせてもらいますよ( `ー´)ノ


あなた、本当に上手に話を聴けるんでしょうね!?話を聴くことのプロであるカウンセラーのなかでも、堂々と売りにするぐらい、ズバ抜けて傾聴が上手いんでしょうか?素人よりは上手く聴くとかはダメですよ、そんなの当たりまえのことですから。


初対面でも、あれよあれよという間にラポールを形成して、50分かそこらでどんどんクライエントの自己洞察が深まるような、本当にそんな傾聴が出来るんですよね!


釣り師の世界で「鮒に始まり鮒に終わる」というように「傾聴に始まり傾聴に終わる」というくらい、カウンセラーの基本中の基本でありながら、いくら極めても終わりのない傾聴を、臆面もなく自分の売りにしてるということは、こっちはそうとう期待しちゃいますよ!


もしかして、質問されたりアドバイスを求められても、ろくに知識も経験もないので、ただただうなづいて時々「なるほど〜うんうん」などと相槌を打つしかないから、とりあえず聴くだけなのを「私は傾聴日本一です(^o^)/」とか言っているんじゃないですよね〜?


マジな話、本当に「傾聴なら誰にも負けない」というカウンセラーがいたら、一度話を聴いてもらいたいかもね。でも自薦だとあんまりあてになりそうもないから、他薦の人がいいなぁ(-_-)


☆この記事を書き終わって読み直したけど、「鮒に始まり鮒に終わる」と「傾聴に始まり傾聴に終わる」のところ、我ながらいい比喩だなぁ・・・と自画自賛!(^^)! あと、バイクの世界では「カブに始まりカブで終わる」ってのもあったような気がする。ホンダのスーパーカブのことね。私もカブ欲しいです。


しばらくサボり気味でしたが、ここ最近は張り切って記事を更新している熊五郎ことおやじカウンセラーです。
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2016年06月12日

交流分析・エゴグラムを学ぶ


今日は夕方から名古屋に出かけ、交流分析エゴグラムを学びました。


せっかくの休日でしたが、今朝から何となく体がだるくて、私には珍しく朝寝をしてそのまま自宅でゴロゴロ。もっとも訳あって夕方まではあまり出歩くことが出来なかったので、良い休養になったかもしれません。


夕方からの勉強会も、それほどやる気満々で参加したというわけではなかったし、以前に少しだけ学んだことがある交流分析も、その時はあまりピンとこなかったのですが、いざ講義が始まるとぐいぐい引き込まれ、思った以上に充実した学びとなりました。


やはりこうした勉強会は、誰に学ぶかがとても重要ですね(^.^)講師の横井先生もなぜか個人的にとても親近感がわく雰囲気をお持ちでしたしね(^^;


今日やったエゴグラム(交流分析の性格診断)では、予想通りにA(Adult)がとても強く、最近の自分の心理状態がそのまま出ているのだと感じました。FC(Free Child)が低いのは毎度のことですが、今回は特にかな??ちょっと気になります(^^;

KIMG0308.JPG


交流分析は食わず嫌いのところもありましたが、今日の勉強会でかなり興味が出てきました。頑張ってもう少ししっかり勉強してみたいと思います。


本日の学びは産業カウンセラーの自主学習グループ「いちごの会」の定例学習会でしたが、名古屋まで足を運んだ甲斐がありました。名古屋駅周辺の人混みはいまだに慣れませんけれどね。


会長のHさんは、準備や連絡、様々な段取りなどでいつも大変だと思います。おかげで私は何の苦労もなく、学びに集中することができて本当に感謝しています<(_ _)>他の役員の方々や、いつもお菓子を差し入れて下さるNさんやOさん、素敵なフラダンスを教えてくださるOさん(本当は自分が踊るよりOさんの優雅なフラダンスを見ている方がずっと楽しいです)、今日のワークで私の良いところをたくさん教えてくださったKさん、そんな会員の皆さんに感謝して家路につきました。


別にイニシャルで書く必要はないのですが、情けないことに1年以上もご一緒しているのに未だにお顔とお名前が一致しません。一致どころか殆んどうろ覚えなのでお名前を書くのは・・・(>_<)皆さんの名前と顔をしっかり覚えるのが今年の目標です🎵


ちょっと疲れ気味の週末でしたが、帰り道の夜風が心地よく、明日は元気にのんびり過ごせそうです🎵


3か月余りのブログ冬眠から目覚め、張り切って記事を更新している熊五郎ことおやじカウンセラーです。サボりが祟ってブログ村の順位が低迷しております。心を入れ替えて一生懸命に書いておりますので何とぞ応援のポチリを宜しくお願いいたします
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2016年06月07日

自分の悩みを人に話すこと・其の二

先日の記事「自分の悩みを人に話すこと」についてもう少し書いてみようと思う。


私が本気で人に悩みを相談しようと思ったことはないというのは事実だけど、その理由は自分でもよくわからない。一つ言えるのは父親の影響があることは間違いないと思う。


昭和一ケタ生まれでしかも九州男児の父がよく言っていた言葉は「男は泣き言を言うな、言い訳を言うな」である。実際に本人からそういう話を殆ど聞いたことが無い。そしておそらく大事なことを他人に相談することもなかったと思う。母が病に倒れた時も、本当の病名を誰にも言わなかった。息子の私も母が亡くなるその日まで知らなかった。


父のことを詳しく書くときりがないのでやめておくが、私の性格で、人懐っこく朗らかだけど気分の波があるのは母譲り。合理的で理屈っぽく、感情よりも思考優先で本音を見せないのは父譲り。私にはその二つがごっちゃになっている気がする。


そんな私だがそれなりに長くカウンセリングを学んでいるので、当然クライエント体験もある。具体的に言うと、3名のカウンセラーから合わせて15回ほどカウンセリングを受けた。もちろん相手はプロのカウンセラーだ。ちなみに男性カウンセラーが2名、女性カウンセラーが1名である。


そこで話をしたことはウソ偽りのない本音の悩みや相談だった。ややこしいようだけど「本気で人に悩みを相談しようと思ったことはない」のは事実だが、現実には「本気で人に悩みを相談したことはある」のだ。


なぜそんなことをしたか。一番の理由は、カウンセリングを学び、カウンセラーを目指すうえで必要なことだと思ったから。二番目として、相手はプロだから、プロになら話してもいいと思ったから。そして三番目として、悩みの解決云々より、他人に本音を話すことで何か自分が変われるかもしれないという多少の期待があったからである。


結果的には、カウンセリングを受けてみて後悔したとかがっかりしたということは全くなく、経験として非常によかったと思っている。強いて言えば、3人のうちの女性カウンセラーとは最も面談の回を重ねたのだが、いつも話すテーマ(今日は家族のことをとか)をカウンセラーから指定され、しかも毎回マスクをしていて表情を窺うことも出来ず、最後までラポールの形成が出来なかった。ただ真面目なカウンセラーだったという印象しか残っていない。


さて、曲がりなりにもカウンセリングを学ぶ私が「本気で人に悩みを相談しようと思ったことはない」というのは、何かとんでもないことのようだが果たしてそうなのか。スポーツが楽しいと思ったことはなくても体を鍛え続ける人もいれば、仕事が面白いと感じたことが無くても、一生懸命に仕事に取り組む人がいるのと同じだと思うが、どうだろう。


さらに言えば、私のような人は世の中に少なからずいるようにも思う。例えばカウンセリングの実技を学ぶために、傾聴訓練、ロールプレイというのがあるが、その際に男性の場合、やたらと仕事絡みの悩みを話すケースが多い。確かに共感しやすいテーマだし、多くの男性は(女性もだが)仕事の悩みを持っているので不思議ではないのだが、なんとなく無難なテーマを選んだという気がいつもしてならない。


他にも様々な悩みがあるはずだと思うが、結局は他人に悩みを相談するのは、その内容が深刻であればあるほど難しいことなのではないかと思う。私も傾聴訓練ではカウンセラー役よりもクライエント役の方がずっと苦手である。


まあ、カウンセリングを勉強していたり、実際に資格を持っていても、一度もお金を払ってカウンセリングを受けたことが無いという人が珍しくないし、そんな人が看板を掲げて他人の悩みを聞いていたりすることもあると聞く。そんな業界は他には見当たらないだろう。


だらだらととりとめのない話になってしまった。普段ブログを書くときは、それなりに起承転結を意識するようにしているが、今回は何度書き直しても上手くいかなかった。自分で何が書きたいのかわかっていないのだろう。申し訳ないが勘弁してほしい<(_ _)>


そうそう、こんな私も自分の嫁には愚痴も泣き言も言い訳もバンバン言う。そして嫁は私の話をテレビを観ながら聞いている。ひどいときには話の途中であくびをしたりすることもある。嫁がカウンセラーだったら最低な奴だが、カウンセラーではなくてただの嫁なので文句は言えないのだ。


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posted by おやじカウンセラー at 22:23 | 愛知 ☔ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする