2016年12月13日

頭皮が固いと中身(脳)も固いのか?

何を隠そう(別に隠してないけど)私は愛煙家です。


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☆普段はラークマイルドを愛煙していますが、このゴールデンバットは太宰治や芥川龍之介も好んだというタバコです。


タバコの値段はどんどん上がるし、吸える場所も限られてくるし、何よりも今どきタバコを吸っているというだけで白い目で見られることも少なくないような・・・


たしかにタバコ嫌いの人にはあの匂いは我慢できないだろうし、本人だけでなく副流煙で周囲の人の健康も害していると思うと、非常に肩身が狭い思いです。


ただ、今のところ禁煙するつもりはないので、出来るだけ他人に迷惑をかけないように嗜むよう心掛けています。



さて、先日参加した勉強会でキャリアコンサルティング(キャリコン)についての講義を受けました。


キャリコンをほとんど学んだことがない私にとって、非常に新鮮な内容でしたが、あまりに盛り沢山でしかも恐ろしいスピードで講義が進むため、ついて行くのがやっと。


というより全くついて行けない・・・(*_*;


講師の先生はこの道では押しも押されぬ第一人者の方なので、ユーモアたっぷりの講義はとてもわかりやすく、かつ深い内容であったと思うのですが、如何せん私の脳みそが追いついていけませんでした。


機会があればもっとじっくりと時間をかけて学び直してみたいです。


ただ、短い時間の中でもワークを行ったのですが、それが意思決定論の活用というやつ。


例えば「今の仕事はやりたい仕事ではなく、会社も合わない気がする。思いきって転職したいと思うが、上手く転職できるか不安があり、私はどうしたらいいの?」というクライエントに対して、会社をやめるかやめないかの2択から、より幅広い視野で問題の解決に当たるようなアプローチをするために、実際にいろいろな選択肢を考えてみようというワークなのです。


たしかにワークの意図は理解できますし、いくつかの案も考えられなくはないです。


しかし、ここで問題発生・・・(+_+)


会社をやめるやめないの2択以外の案が私の頭に浮かぶと同時に、すぐさまそれを全否定する私がいるのです。


今の会社でやりたい仕事を探す ⇒ ないからやめたいんだよ!


今の会社で違う仕事をする ⇒ だからそんなのないって!あっても簡単にさせてもらえるわけないじゃん!


転職ではなく独立開業する ⇒ 転職するよりリスクが高いのに出来ると思うの?


上司に掛け合って何とかしてもらう ⇒ 上司はすんごく嫌なやつなの!


関連会社に出向させてもらう ⇒ ないよ、関連会社なんて!



で、唯一私が納得できそうなのがこの案。


どっちかに決めかねているなら、とりあえずそのまま会社にいて考える。


う〜ん・・・これじゃあただのあきらめ?


私はハゲなので頭皮は固いのはわかっていましたが、悲しいかな中身のほうも相当固いようです。


しかも長年社会で働いてきた結果、仕事というのは辛いもの、嫌なことでも我慢するもの、自由にならないもの、耐えるもの・・・


などという強固なビリーフが出来上がってしまったんですね・・・(>_<)


まあいろいろ苦労してきたもんね、しかたないよ(-_-)


で、今夜の結論


頭皮の固さと中身(脳)の固さは比例する



ま、あくまで私の場合ということで<(_ _)>




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posted by おやじカウンセラー at 23:37 | 愛知 ☁ | Comment(5) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月06日

産業カウンセラー協会の傾聴訓練に参加しました


秋が深まり冬に移ってゆくこの季節が一番好きです。


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「秋晴れの休日はのんびりのんびり遊びたいなぁ・・・。」


そう思いつつも、ときどきカウンセリングの勉強に出かけたりしています。



つい先日は久しぶりに産業カウンセラー協会の「傾聴訓練」に参加しました。


定員8名の予定が、キャンセルのため6名の参加となりましたが、おかげでカウンセラーとクライアントの両方を体験でき、かなり濃密な勉強会となりました。


今回参加してみて感じたのですが、かつて養成講座を受けていた頃とは随分と傾聴訓練の雰囲気が変わっていましたね。


クライアントに対する質問も以前は基本的にタブーという感じでしたが、最近は状況が変わっているようです。


【産業カウンセラー協会の傾聴訓練は、自動車教習所の運転のようなものだ】というような内容の記事を以前に書いたことがありましたが、そのあたりも今回の講座に参加してみて印象が変わりました。


指導者の先生、参加者の皆さんに恵まれ、個人的には大満足の一日となり、ぜひ次の機会も参加したいと思っています。



ところで今月は11月27日の日曜日にも傾聴訓練の予定を入れています。


聴く技術を学び合おう〜実際のカウンセリングルームでの実習体験〜



岐阜のカウンセラー岡島先生のルームで行われる「傾聴実習」ですが、定員4名(主催者を含めて5名)の少人数の勉強会で、ほぼ丸一日をかけてじっくり傾聴を学びます。


おそらくロールプレイも振り返りもたっぷり時間をかけて実施されると思います。


先日の傾聴訓練で学んだことも実践してみたいし、他にも自分なりに課題を考えているので、今からとても楽しみにしています。


ただこちらの勉強会ですが、いまだに定員に達していないようなのが少し残念です。


このような良心的でコスパの高い勉強会はなかなかないと思うのですが、皆さんは普段どこで実技を学んでいるのでしょうか・・・


この時期の傾聴訓練は、来春の産業カウンセラー資格試験の実技練習にもよいと思います。


興味がある方はぜひ一緒に学びましょうヽ(^o^)丿


詳細はこちらから

【傾聴実習】 聴く技術を学び合おう
〜実際のカウンセリングルームでの実習体験〜




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posted by おやじカウンセラー at 18:53 | 愛知 ☁ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月31日

過労死・なぜ人は死ぬほど働くのか?


秋の夕暮れは全ての終焉を感じさせる恐ろしさがあります。


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人のDNAに摺り込まれた深い闇への恐怖を想像させるからでしょうか・・・



さて、電通で働くまだ若くてこれから花も実もある若い女性が、働き過ぎて(働かされ過ぎて)自死した件です。


死ぬくらいなら会社を辞めればいいのに


と多くの人が思うでしょう。


確かにその通りです。


ほとんどの場合、仕事よりも命のほうが大切に決まっています。


仕事は生きるための、そして幸せになるための手段であって、仕事そのものが生きる目的ではありません。


そんなことは誰もがわかっていることです。


でも、本当はよくわかっていないのかも知れません。



仕事以外での信頼できる仲間とのつながり


仕事以外での自分を表現する手段と場所


仕事以外での喜びや満足感が得られること


仕事以外での自分自身を成長させるもの


そうしたものをあなたは持っていますか?



もし、仕事をしている自分があなたの全てだとしたら、その仕事を失うことに耐えられるでしょうか?


あなたの仕事が誰からも評価されず、価値がないと言われても、あなたは何とか認めてもらおうと、必死になって仕事をやり続けるでしょう。



仕事との向き合い方はとても難しいものです。


特に組織に雇用されている立場であれば、仕事なんてほどほどでいいと言ってくれる企業はありません。


結果を出しても出さなくても、もっと頑張れと言われることに違いはありません。


それがよい悪いではなく、営利を求める企業はそういうものなのです。



どこかの大学教授が今回の過労死事件について、自己責任という言葉を使っていました。


私はそれは間違いだと思います。


やはり過労死について企業はそうならないように、そうさせないように責任を持つべきです。


しかしもっと重要なのは、働く側の自己防衛の意識です。


死んでしまってから、誰が悪い何が悪いといっても仕方がありません。


仕事を失うことへの不安、お金を稼げなくなることへの不安、社会から落ちこぼれることへの不安、自分の経歴に傷がつくことへの不安、自分自身の自尊心が傷つけられることへの不安・・・


そして何よりも、仕事を取り上げられたら自分に何が残るのかという恐怖。



そうした不安を乗り越えて生き抜くためには、仕事以外に自分の居場所をつくっておく必要があります。


仕事にすべてのエネルギーを費やしてしまうのではなく、ほんの少しづつでも時間やお金や労力を自分の居場所づくりのために使うことが大切です。


もっと仕事をしろと言ってくれる人はいるでしょうが、もっと遊べ、もっと仲間をつくれ、もっとボランティア活動をしろと言う人はなかなかいません。


誰も言ってくれないからこそ、意識して自分で始めるのです。



自分の人生は自分でデザインするしかないのです。



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夕日が沈まぬ日がないように、太陽が昇らない朝もないのです。


深い闇の中で怯えているのは、周りが漆黒の闇につつまれているから?


それともあなたがじっと目を閉じているからですか・・・




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posted by おやじカウンセラー at 00:33 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月30日

俺の縄張りに入るんじゃねえ(-"-)


秋はこいつに乗ってどこかの山の中で焚き火をしたいなあ。


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でももう少し涼しくなってからだね。(-_-)



さてさて、今回は「俺の縄張り」の話。


つまりパーソナルスペースのことです。


人間関係において、相手との距離というのはとても大切なものですね。


物理的な距離についていえば、女性よりも男性の方が一般的にパーソナルスペースが広い(遠い)と言われています。


確かに女性の場合、女性同士で手をつないだり、近い距離で話し込んだり、頻繁にスキンシップをとったりすることは珍しくありません。


これは男性にはあまり見られないことです。


私などは人一倍に他人との距離をとりたい方なので、たまに満員電車に揺られて名古屋に出かけたりすると、心身ともにぐったりしてしまいます。


また物理的な距離以外に、精神的なパーソナルスペースというのもあります。


誰しも自分の縄張りがあり、それをむやみに侵されると不快になったりストレスを感じます。


しかし実際に目で見える線が引かれているわけではないので、他人に近づくときは相手の気持ちの変化や感情を読み取りながら距離を縮める能力が要求されるのです。


親しくなりたい相手(距離を縮めたい相手)とはごく自然にそうなるように、反対に親しくなりたくない相手(遠ざけたい相手)とは、むやみに敵対関係にならないように離れることは、なかなか難しいものです。


「あなたは私のことが好き?」「もしかして私のことを嫌っているの?」と確認しなければ気が済まない人もいます。


もちろんそこまでストレートな聞き方はしないでしょうが、さりげなく自然に距離を縮めたり、逆に距離をとったりということが出来ない人は、何かと人間関係がぎくしゃくすることが多いと思うのです。


特に女性の場合はもともとのパーソナルスペースが狭い(近い)ので、このような人間関係のトラブルを抱える人が時々見受けられるようですが、男性の場合はまた違った形で距離の取り方が下手なタイプがいるとも感じます。


とにかく誰とも距離を上手く縮められないタイプがそれです。


そういう人は本人の持つパーソナルスペース自体がうんと広い(遠い)ということもあるのでしょうが、自分から相手に近づくこともせず、近づいてくる相手も拒むような雰囲気を出しているのです。


そんなタイプの人は「孤高の人」であり、また「孤独な人」とも言えるでしょう。


やたらと距離を縮めようとして疎ましがられる人も、誰とも距離を縮められなくて孤独でいる人も、それ自体が問題だとか悪いとか言うつもりはありません。


私自身も他人との距離がいつも適切かというと、そういうわけではありませんから。


しかしカウンセリングということになると話は違ってきます。


カウンセラーはやはりコミュニケーションのプロであるべきだと思うからです。


クライエントとどのように、どのタイミングで、どこまで距離を縮めるのかは、カウンセラーの持つ距離感が適切でないと上手くいかないはず。


この秋はカウンセリングの傾聴訓練を受けるため、2つの講座に参加することにしました。


「自分からは近づきたいけど相手から近づかれるのは苦手」という、少々ややこしい傾向がある私は、カウンセラー役もクライエント役も学ぶことばかりです。


学びも遊びも仕事もスポーツも、この秋はなんだか忙しくなりそう・・・(*_*;



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posted by おやじカウンセラー at 23:25 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月25日

カウンセリングを受けたことがないカウンセラー


今日は久しぶりに自転車で汗を流そうと勇んで出かけたのですが・・・


午前中からずっと雨


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結局ほとんど乗らずに自転車弄りの一日となりました。


実はこのたびニューマシンを手に入れたので、あれこれ部品をつけ替えたり、油を差したり、磨いたり、調整したり・・・


それなりに雨の休日を楽しんだというわけです。


では本題へ




はじめに
今回の記事の一部には私自身のカウンセリング体験が書かれていますが、特定のカウンセラーやルームをお薦めしたり、カウンセラーの実力や人物を保証するものではありません。カウンセリングを受ける際は、ご自身でしっかりと調べ納得したうえでカウンセラーを選んでいただきたいと思います。



ちょうど2週間前の土曜日に、久し振りにカウンセリングを受けてきました。


岐阜のカウンセリングルーム「HILL ISLAND」岡島先生とはずいぶん以前からのお付き合いですが、クライエントとしてお会いするのは初めてです。


今回は、ここ最近のいろんなストレスを思い切り吐き出したかったのです。


日頃の不平不満、愚痴や泣き言、文句やボヤキをこれでもかと話しましたが、普段はなかなか思ってもそういう話をする相手も機会もありません。


私に限らず男性は同じようなタイプが多いのではないかなぁ。


カウンセリング効果の一つに


話してすっきりカタルシス(浄化作用)


というのがあります。


60分間ずっと喋り続けた私でしたが、岡島先生にしっかりと話を聴いてもらい、カウンセリングを終えた後はあきらかに気分が軽くなったことを実感しました。



ところで、あらためて言うまでもないのですが、カウンセラーにとって自分自身がクライエント体験をすることは大きな意味があり、また非常に重要なことだと思います。


自分がカウンセリングを体験したことがないのに、カウンセリングを学び続け資格を取りカウンセラーを目指すのは、食べたこともない料理を作って人に食べさせる料理人になるようなものです。


自分がクライエントだったとしても、そんなカウンセラーのカウンセリングを受けたいとは思いません。


もうずいぶん前から「カウンセリング」がブームになり、あまたのカウンセリングスクールや、講座、セミナーの類が世に溢れています。


カウンセリングやそれに関連する自己啓発などの書籍やインターネットサイトも膨大な数になっています。


しかし現実にはカウンセラー有資格者さえも、ただの一度もカウンセリングを受けたことがないということがそれほど珍しくはないようです。


わざわざ数万円から数10万円以上のお金を払ってまで、世間的にはほとんど通用しないような民間のカウンセラー資格を取ることには熱心でも、自分がお金を払ってカウンセリングを受けることには消極的だということでしょうか。


カウンセラーを目指す人たちがこうした現実に疑問を持たず矛盾を感じないようでは「カウンセリングを学ぶブーム」は続いても、真の意味でカウンセリングが社会に認知され一般的になることは難しいような気がします。


カウンセリングが日本に定着するには、このあたりが大きな課題なのではないでしょうか。


今回の記事は以上で終わりですが、最後に一言だけ。


カウンセラーの中にはクライエント体験の豊富な方も多くいらっしゃいます。


また、カウンセリングを受けない人はカウンセリングを学ぶ資格がないとか意味がない、ということではありません。


カウンセリングを学ぶ目的は人それぞれですし、どのような理由にせよ多くの人たちが正しくカウンセリングを学ぶことはとても素晴らしいことだと思っています。


今夜は真面目な記事を書いたのでて少し疲れました。(*_*;


明日こそは秋晴れの下、爽やかな風を受けてサイクリングに出かけたいと思います。


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posted by おやじカウンセラー at 00:30 | 愛知 ☁ | Comment(4) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

今年の夏とストレス



人は強いストレスを受け続けて、それをうまく解消・消化できなくなると、さまざまな症状として現れます。


ひとつは、(心理的・精神的)の症状として。


二つめは、身体(心身症)の症状として。


三つめは、行動(ストレス行動・行動症状)として現れ出るもの。


先日の精神医学の講座で習ったことです。


この夏の暑さはやはり私の心と身体に強いストレスを与えていました。


もちろん暑さ以外にも多くのストレスがあり、意識して運動や気分転換による解消を図りましたが、そう簡単にはいかなかったようです。


私の場合は、もっともあきらかにストレス症状として現れたのが行動です。


依存行動(お酒、ギャンブル、ゲーム、仕事、薬物)が過剰になる

怒りっぽくなりすぐに怒鳴り散らす

意味もなく泣く

暴飲暴食がやめられない

浪費、衝動買いが増える

小さな失敗やミスが多くなる

すぐに投げやりな態度をとる

強迫神経症的な行動が目立ってくる

イライラして八つ当たりしたり、やたらと他人に突っかかる

やる気がなくなり実際に仕事をサボったり、学校を休む

車の運転などで危険な行為を繰り返す

ざまざまな自傷行為(リストカットなど)をおこす

人間関係のトラブルが目立って増える

性的な問題行動(チカン、セクハラ、盗撮)をおこす

タバコ、コーヒー、甘いもの、炭酸飲料など嗜好品の過剰摂取

無理なダイエット

食べ物のことが頭から離れない 過剰な間食 衝動的な過食

お酒の飲み過ぎ、泥酔するまで飲む


上記は代表的な行動症状・ストレス行動です。


私自身にどの症状が現れたのかは書きませんが、ストレスが原因だとはっきりと自覚できる行動がいくつもありました。


また現在も続いている行動症状もあります。


これから秋が深まると、暑さによる不快なストレスは少なくなると思いますが、日常生活でのストレスが無くなることはありません。


もっときちんとストレスと向き合い、意識して正しいストレス解消法を実践しないと、今後はちょっと大変なことになるような気がしています。


しかし学ぶことは容易いものですが、いざ実践となるとなかなか難しいものですね。


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2016年09月19日

岐阜で精神医学を学ぶ


昨日は岐阜まで出張して「心の病の対処法とならないための生活術」を学んできました。


主催はカウンセリングルーム HILL ISLANDの岡島康治先生


講師は心の相談室 withの竹内成彦先生



ちなみに先週の土曜日は岡島先生のルームでカウンセリングを受けたばかりです。


そのときの話も近いうちに記事に書こうと思っています。


さて、昨日は午前と午後で内容の異なる精神医学に関する講義があったのですが、私が受講したのは午前のみ。


いちおう午前は一般向け、午後からは専門家向け、とされていましたが、午前の講義も予定時間をオーバーするほどの充実過ぎる内容でした。


しかもこれがたったの2000円の受講料なのですから驚きです。


しかし残念ながら、定員50名の会場にはまだまだ余裕がありました。


主催者の立場からすると、集客に課題が残ったということなのでしょうが、参加する側としても少々残念な気持ちです。


カウンセラーにとって精神医学の知識は必要不可欠だと思いますが、本当にしっかりとした知識と経験を持つ講師から直接学べる機会はそう多くはありません。


昨日の講義はその良い機会だったと思うのですが・・・



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来月以降はカウンセリングに関する講座や勉強会で、いくつか興味があるものがあります。


全てに参加したいところですが、お金や時間、本業の仕事のこともありますし、秋は遊びも楽しい季節なのでそちらの都合もあります。


どこで学ぶか、何を学ぶか、誰に学ぶか。


とにかく遊びも仕事も勉強も、頑張って欲張ってこれからの秋を楽しみたいと思っています🎵


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そうそう、食欲の秋もねーヽ(^o^)丿


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2016年09月18日

今年の夏と勉強(コラージュ体験の巻)


夏ノ暑サニヘロヘロニナリナガラモ学ブ気持チヲ持チ続ケテイル。


サウイフ者ニ私ハナリタイ。



というわけで、今年の夏は暑さに負けずカウンセリングの勉強もそれなりに。


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8月某日に、私の古巣である「竹の子会」主催の「コラージュセラピー体験講座」に参加しました。


雑誌やチラシの写真を、自由に、とにかく好きなように貼ってゆくのがコラージュセラピーの醍醐味なのです。


今回も自分なりに納得の作品ができました。


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上手い下手なんて関係ありませんが、良くも悪くもその時の自分の心が表れるので、言葉ではない自己表現ができます。


それに作品が出来上がった後のスッキリ感は半端ないです。


今回講師を務めていただいたカウンセラーの速水先生はコラージュセラピーの個人セッションも行っておられるので、興味がある方は体験してみては。


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posted by おやじカウンセラー at 21:27 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

「心のとげ」の法則


今日はおそろしく暑かった。(-_-;)

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明日もふるえるほど暑いのだろう。


どうせなら寒くてふるえたほうがいいと、最近のおやじは思う。(*_*;




今日は「心のとげ」の話をします。


人は誰しも「心にとげ」を持っています。


昔のつらい出来事だったり、ずっと満たされない思いだったり、誰かに酷く傷つけられた過去だったり・・・


そういうのがね「心のとげ」になってしまうんです。


そしてその「とげ」は、ハリネズミみたいに外向きに生えている人と、自分に向かって内向きに生えている人がいます。


ことあるごとに「あなたが悪い」「あいつのせいだ」と言って、周りの人をちくちくと、ときにグサッと傷つける人。


逆に「きっと私のせいね」「自分さえ我慢すれば」と言って、自分で自分の心を傷つけてしまう人。


人は生きている限り、傷つけたり傷つけられたりするものです。


でもあまりに「心のとげ」がたくさん生えていたり鋭く尖っていると、なかなか治らない傷が残ってしまいます。


自分がどんな「心のとげ」を持っているか・・・


その「とげ」はどっちを向いて生えているか・・・


それを知っているだけでも、むやみに人を傷つけたり、自分で自分を傷つけたり、あるいは深い傷を負うことが少なくなるように思います。


そしてその「心のとげ」は、なかなか簡単には抜けません。


でもね、それでもあきらめずに根気よく、自分の事も他人の事も認めてあげるように、大切にあつかうように心掛けるしかないと思います。


そうするといつかは「心のとげ」も少しずつ丸くなって、柔らかくなって、


いい感じの「心のひだ」になって


他人や自分の「心の痛み」がわかってきて


むやみに傷つけたり傷ついたりしなくても済むようになるんじゃないかなあ。


私はそう思います。


いつも優しい笑顔で生きている人ほど、かつてはたくさんの「心のとげ」に苦しんだ人なのかも知れませんね。




お知らせ

コラージュセラピー体験会in豊田

http://counseling-an.com/renai/corajyu.html

私も参加しますよ🎵




猫は「とげ」じゃなくて「ひげ」なんだニャー


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2016年07月30日

アンタの価値観を人に押しつけるな!(後編)


ここ最近はひと月に2回程のペースで、カウンセリング関係の勉強会や講座、ワークショップに参加しています。


プロではなく、自己啓発の一環としてカウンセリングを学ぶ私には、これが精一杯であり十分でもあります。


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来月の8月21日(日)には、竹の子会主催の「コラージュセラピー体験講座」に参加を申し込んでいます。


上の画像は昨年の同講座での私の作品ですが、今回はどんな作品が出来上がるのか、今の心情がどのようなカタチで表現されるのかが、今からとても楽しみです♪


興味のある方はぜひご参加下さい。⇒「コラージュセラピー体験講座in豊田」




ここからは「アンタの価値観を人に押しつけるな!(前編)」の続きです。


前回の記事ではずいぶんキツい乱暴なことも書きました。


しかし、現実に「価値観の押しつけ」をする人は少なからず存在していて、その迷惑を被っている人がいるわけです。


そういう人はとにかく我慢が出来ないのです。


相手からかなりはっきりと「私にかまわないで欲しい」と言われても、どうしても知らん顔ができなくて、どんどん関係を拗らせてしまう人を私は知っています。


友人、知人とかではないとても関係が深い人です。


その人を見ていて、悪気がないのはよくわかります。


善意からの行動であることもよくわかります。


でもやっぱり相手にとっては迷惑なのです。


自分のテリトリーに土足で踏み込んで欲しくないのです。


「私とあなたの関係なのに水臭い」と思うかも知れませんが、いつでも誰とでも深く付き合いたいと思っている人は、世の中にそれほど多くはいないと思います。


はっきり言うと「相談する側が相手を選ぶ」のです。


街を歩いていてよく道を尋ねられたり、行楽地で写真を頼まれたりする人がいます。


どうやらそういう人は、見ず知らずの人からものを頼まれやすい雰囲気や独特のオーラがあるようです。


決して自分から「シャッター押しますよ」とか「私に道を尋ねてください」という看板をぶら下げて歩いているわけではありません。



人に有益なアドバイスをしてあげたい。


悩んでいる人の心配をしてあげたい。


困っている人を助けてあげたい。


誰かに何か頼まれ事をされたい。


自分の知っている情報を教えてあげたい。


ひとりでも多くの人の役に立ちたい。



それを相手が望んでいるのであれば、ぜひチカラになってあげましょう。


ただし、自分から相手にずかずかと近寄ってゆくのではなく、黙っていても相手の方から歩み寄ってくるような、そんなオーラを漂わせる人になってもらいたいと思います。


気配りと 大きなお世話は 紙一重


そう、決して真逆なことをしているわけではなく、ほんの紙一重の差なのです。


そしてその紙一重を超えるために必要なのは、


相手の言葉にしっかりと耳を傾けること



これに尽きると思います。


ちなみに私は他人から道を尋ねられたり、シャッターを押して欲しいと言われることは滅多にありません。


そのかわり食堂やレストランでは黙っていても


「大盛りになさいますか?」


と聞かれることがよくあります。


どうやら私のオーラは、そっち方面にやたらと出まくっているようです。(-_-)



最後に落ちがついたニャー


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posted by おやじカウンセラー at 22:56 | 愛知 ☁ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アンタの価値観を人に押しつけるな!(前編)


夏といえばやっぱりでしょう。


こないだ嫁と食べに行ったよ。


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評判の店も代替わりすると味が落ちたといわれるのは、「鰻屋あるある」ですね。


ひつまぶしもいいけど、やっぱり気取らずに鰻丼を大盛りでガッツリ食うのが男というものです。( `ー´)ノ




さて今日は価値観についての話です。


大盛りの鰻丼のようにガッツリ書きます。


当たり前のことですが、人が持つ価値観は皆それぞれです。


多少は似かよっていることがあっても、全く同じ価値観を持つ人間は世の中に自分ひとりしかいません。


例えば仕事に対する価値観でもいろいろあります。


仕事はお金を稼ぐためにするものだから、たくさん稼げないようでは意味がない。


自分の能力を高め、仕事を通して自己を成長させることが一番大切。


組織やチームの中で自分の役割を果たし、仲間とともに良い仕事をすることが重要。


自分の好きなことを仕事にしてそれをとことん追求したい。


人生を楽しむことが最優先で、仕事はそのために必要だからする。


仕事をすることで社会に貢献し、人のためになることが喜び。



他にもいろいろあるでしょうし極端なことを言えば、「仕事なんかしたくないし働いた時点で負け」と考える人もいるかもしれません。


仕事を例に挙げましたが、他にも健康、恋愛、お金、家族、勉強、遊びなど、生きるうえで関わってくる全ての事で、人それぞれの価値観があるのです。


そうした多種多様の価値観を持った人たちが、コミュニケーションをとることで社会は成り立っているのです。


しかしこうした価値観の違いから、人間関係のトラブルに発展することは少なくありません。


というより全ての人間関係のトラブルは、価値観の違いが原因だといってもいいでしょう。


その中の一つのパターンで、


「自分の価値観を他人に押しつける人」


というのがあります。


価値観の相違自体は基本的に各個人の自由なのですが、それを他人に押しつけるとなると大いに問題アリなのです。


そしてこの困った問題は女性に多く見受けられると私は感じています。


女性の場合良くも悪くも、誰かの世話を焼きたいとか、面倒をみたいというような思いが本能的に強いようです。


時にそれが過剰に、あるいは相手の望まないカタチで発揮されてしまうと、価値観の押し付けと感じられてしまうのだと思います。


「そんなの女性蔑視だ!」という声も「大きな声では言えないけどアンタの言う通り」という意見もあるでしょうが、ここは勝手に話を進めます。


最近は「ブレーキの壊れたダンプカー」になりつつある私なので、遠慮なく言わせてもらいます。


世の中(の女性とやや男性)には、「自分は自分、人は人」が理屈では理解していても実践できない人がいます。


そして知らず知らずのうちに、こっそりと周りの人に迷惑をかけているのです。


他人の顔色や空気や雰囲気を読んで、相手の望むことを察して気配りや上手に手助けができる人のことを「気の利く人」といいます。


女性には男性よりもこうした気配りができる「気の利く人」が多いのも事実ですが、肝心なのは「気の利く人」かどうかを判断するのは、「気配りされた相手」だということ。


「気配り」を実行するためには、うんと相手に(物理的心理的に)近づく必要があります。


そして最終的には相手の領域に踏み込むことになるのです。


これはねー、なかなかな簡単なことではないし、ある意味危険を伴います。


いや、やるのは簡単ですよ、でも相手から「感謝される・有難いと思われる」かどうかは別問題なのです。


たまに「感謝されなくても嫌われても相手のためだから」なんてことを言う人がいますが、身内ならともかく赤の他人にとってはそれこそ「寝言は寝て言え」というやつです。


ブレーキが完全に壊れたみたいなのでどんどん言っちゃいましょうね。


分かりやすく言ってしまうと、



気配りと 大きなお世話は 紙一重



なのです。


おお!いい感じで五・七・五の俳句調になりましたねー(^^♪


では、皆さんも大きな声でもう一度(^O^)/


気配りと 大きなお世話は 紙一重



まあちょっと言い過ぎた感はありますが、そういうこともあるということです。


長くなったので後編に続く・・・<(_ _)>



書くのも読むのも疲れるニャー

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2016年07月28日

刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ


赤い頭巾が可愛いお地蔵さまですね。


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お地蔵さまは人々の苦悩を大慈悲の心で包み込み救ってくれるそうです。


お地蔵さまの数だけ、人々の苦悩も多いということなのでしょうか。





信じられないような凄惨な事件が起きてしまいました。


相模原市の障害者施設で起きた事件です。



戦後最大とも言われる19人の犠牲者と騒がれていますが、その一人ひとりの人生と残された親族の悲しみの重さは、その人数や被害者が障害者であることとは全く関係ありません。


もし自分の大切な我が子や親兄弟が被害者であったらと想像すれば、事件の重大さが身に沁みて感じられると思います。



そしてこの事件の犯人について、いろいろと気になる情報が出てきています。


犯人は、今年の2月にその言動が問題になって措置入院の処置を受けていますが、実はこの措置入院という処置は、そう簡単に実行されるわけではありません。


そして措置入院が成立したということは、少なくともその時点では「自傷他害の可能性が高い精神障害者」と診断されたことを意味します。


犯人についての一連の情報や、護送中の不敵な笑みを浮かべた表情からも、その異常性が強く感じられます。


今後、刑事事件として裁判が進む過程で、この犯人に対して精神鑑定が行われることはまず間違いないでしょう。


そこで問題になるのがこの法律なのです。


刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ


今回の事件では、被害者が社会的弱者とされる障害者の方たちだったことが、大きな注目を集めていますが、もし犯人自身が精神障害による心神喪失状態を理由に、その責任と罪を問われないとしたら・・・


「刑法39条」はその文言にカタカナが使われていることからわかるように、明治時代に制定された法律です。


精神障害者の人権が著しく不当に扱われていた時代の法律を、今の時代にそのまま当てはめることに問題はないのか。


「刑法39条:心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ」とはつまり、精神障害者は被告人として罪を償う人権を与えられていないということなのです。


実際に精神障害の当事者からも、この法律は障害者差別ではないかという声があがっています。


私個人としては、全く罪のない人を意図的に殺めるような行為に対しては、いかなる者であっても平等にその責任と罪を問うべきだと考えます。


今回の犯人に対し、一旦は措置入院という処置がとられながら、わずかの期間で退院したという事実があります。


なんとかこの事件を未然に防ぐことは出来なかったのかという思いがしてなりません。




最後に言っておきますが精神障害者が犯罪を犯しやすいという事実はありません。

健常者の犯罪率
94万人/12,000万人=0.01%(127人に1人)
精神障害者の犯罪率
3,460人/320万人=0.001%(924人に1人)

※参考資料   平成25年度犯罪白書


この社会で暮らす全ての人々の人権は平等に守られるべきというのが私の考えです。




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posted by おやじカウンセラー at 01:09 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

嫌いな人との付き合い方


朝日を眺めることより、日が沈む様を見ることのほうがずっと多いです。


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夕暮れは寂しさを味わう時間でもありますね。




さて今回の記事は「嫌いな人との付き合い方」です。


「嫌いな人」と付き合うことは、誰もが大きなストレスになります。


だからといって、嫌いな人と全く付き合わないというのも現実的には難しいことです。


ではどうすればいいのかというと、極論を言えば「出来るだけ嫌いな人を減らす」しかありません。


例えば職場の人間関係で言うと、そもそも気の合う者同士が集まって組織が出来ているわけではないのですから、「たまたま好きな人や気が合う人がいれば儲けもの」ぐらいに考えた方がいいでしょうね。


仕事に関しては、「好き嫌い」より「仕事ができる出来ない」のほうがずっと重要だと自分自身に言い聞かせることです。


それでもどうしても嫌いな人とは仕事ができないというのであれば、思いきって転職することも選択肢の一つですが、新しい職場でも「嫌いな人」は必ず現れると思います。


気が済むまで転職を繰り返すのもアリですが、何度も同じ状況に陥るようなら、やっぱり「嫌いな人」を減らすように努力するほうが結果的に問題解決の早道です。


プライベートでの人間関係については、はっきり言って「嫌いな人」とは縁をどんどん切ってしまえばいいのです。


そうして次々に「嫌いな人」を遠ざけてしまえば、理屈的には「好きな人・気が会う人」ばかりが残り、楽しいプライベートタイムを過ごすことが出来るはずです。


そもそも「嫌いな人」との関係で悩むことが多い人は、「人を嫌いになる能力が高い人」です。


どうしても「他人の良いところ」より「嫌なところ」が目に付いてしまう人は、相手とわかりあいたいという願望が人一倍強い反面、それが満たされない不満を抱えているように思います。


しかもそういう人は「自分の事も嫌い」だったりします。


嫌いな人をどんどん遠ざけた結果、自分の周りに誰も友人や仲間がいなくなってしまったとしたら、あなたはやっぱり「人を嫌いになる能力が高い人」なのかも知れません。


自分自身も含めた「人」の見方感じ方が主観的だと、どうしてもマイナスの部分に焦点を当ててしまいがちです。


出来るだけ自分のこと、自分と他人の関係のことを、第三者的に客観的な目で見るように心がけることで、好き嫌い以外の基準も含めたトータルで人を判断できるようになると思います。


私自身のことを言えば、「好きと嫌いの間のグレーゾーン」で他人を意識する事が殆どです。


しかも幸いなことに、「どちらかといえば好き」というホワイトに近いグレーの場合が多いので、あまり人間関係で悩むことは多くありません。


おそらくこれは私が物事を客観的に見るクセが強いからだと思います。


ただこれも善し悪しで、あまりに客観視が過ぎると、常にどこか他人事のように物事を感じてしまうため、その言動から「冷たく醒めた印象」を人に与えることがあるようです。


人の好き嫌いで思い悩むのも、人間らしさの表れと考えれば、けっして悪いこととは言えないし、自分の気持ちに素直な人だからこその悩みなのでしょう。


最後に「嫌いな人」が自分の身内であった場合の付き合い方ですが、これが一番難しいです。


私には難しすぎてよくわからないので、もう少し勉強してから機会があれば書いてみたいと思います。



猫だって好き嫌いがあるんだニャー

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posted by おやじカウンセラー at 19:00 | 愛知 ☁ | Comment(4) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月24日

人に期待すること


休日の朝はのんびりモーニングタイムです


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今朝は一時間ほどウォーキングで汗を流しましたが、その分はすぐにカロリー補給。


なので夏バテ気味でも食欲は落ちず、体重は増加傾向なのが今の悩み・・・(-_-)




さて普段の生活でよくあることですが、ついつい人に期待してしまいがちですね。


家族であったり職場の上司や部下であったりプライベートでの仲間に対してです。


口に出すかどうかは別として、ああして欲しい、こうして欲しいと期待し、結局は期待通りには事は運ばず、なぜそうしてくれない、などとイライラしたり、モヤモヤしたりしてしまいます。


何かを自分の思い通りにしようとすると、その思いが強ければ強いほど、上手くいかなかったときの苦悩も大きくなるようです。


「クライエントを丸ごと受け入れる」ことがカウンセリングの第一歩であるなら、まずは普段の生活で実践することが勉強なのかもしれないですね。


やっぱり期待しちゃうんだニャー

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posted by おやじカウンセラー at 22:56 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月12日

ユングの高笑い


ソーメン、ざるそば、冷やし中華 (^.^)

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どれも大好きだけど、野菜天ぷらのぶっかけうどんがマイブームです🎵




さて、最近は意識して読書を頑張っていますが、もうすぐ読み終わる本がこれ。


人の心がつくりだすもの -
人の心がつくりだすもの -


河合隼雄先生の対談集ですが、カウンセリングとは関係のない話題も多く、そこが逆に面白くもあります。


その中で、「ユングの高笑い」という話が出てくるのですが、実際にユングは感情表現が豊かな人だったらしいですね。


ユングが言っていたわけではありませんが、


笑うという行為と心身の健康には関連がある。


そんな話も出てきて、なかなか興味深い本です。


楽しいとき、気分がいいときに笑うのはもちろんですが、別に楽しくも面白くもなくても、つくり笑いでも何らかの効果があるというのです。


私は普段、わりと笑ったり笑顔でいることが多いのですが、それは意識してそうしているわけではないです。


たいして笑う場面ではない時でも、へらへらとバカみたいに笑顔を見せたりすることもあるので、まあ一種のクセみたいなものでしょうか。


世の中にはあまり笑顔を見せず、いつも気難しい顔をしていたり、怒ったような表情をしている人もいて、本人はそのつもりではないのに「何か怒ってるの?」なんて言われたりすることもあるみたいです。


私の知人が本人のブログに、やたらと歯をむき出しにした変な表情の写真を載せていたので、気になって聞いてみると、「笑った表情」なのだと言っていました。


そういえば映画のターミネーターシリーズの最新作で、シュワちゃん演ずるターミネーターが、同じように歯をむき出して「イー」ってするような不自然な笑顔を見せていて、笑える場面がありましたね。





実際に「表情の乏しい人」というのは珍しくないですし、また一見「表情が豊か」でも、なんとなく不自然だったりわざとらしい感じがする人もいます。


人と接するときの表情というのは、非常に重要なコミュニケーションツールだと思いますし、カウンセラーにとってはある種の商売道具とも言えるでしょう。


笑顔だけではなく、不安な表情、悲しい表情、辛そうな表情、困った表情など、様々な表情がありますが、果たして自分はどこまで豊かな感情表現ができているか、しっかり意識してみる必要があるかも知れませんね。



猫も表情があるんだニャー


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posted by おやじカウンセラー at 00:21 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月10日

人生は「一期一笑」だよ


すもももももももものうち


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プラムと呼ぶよりスモモのほうがしっくりきますね(^_-)-☆



今日は竹の子会主催のグループワークトレーニングに参加してきました。


先月は岐阜で「構成的グループ・エンカウンター」に参加したばかりなので、実技のワークが続いています。


俺もなんだかんだと言いながら、けっこう真面目に勉強してるじゃん!(^^)!


そうそう、今日は竹の子会を離れて初めての一般参加だったんだけど、これまでとはずいぶん印象が違いました。


会場のホールって、もっと広くて参加者で犇めいて(ひしめいて)いる感じだったけど、今日は全くそんなふうには思わなかった。


これまでは会場全体や参加者全員が気になって、キョロキョロしていたんでしょうねー



そして今日の感想は・・・


人生は「一期一笑」だよ、おっかさん!


まあ、「おっかさん」は余計ですが、「一期一笑」というのは心からの気持ちです。


ちなみに「一期一笑(いちごいちえ)」は私の造語だけど、そのうち何かに使うかもしれないからパクっちゃダメよ(-_-)


ずっと会いたかった人、懐かしい人、いつもお会いする人、初めてお会いした人


竹内先生もいつもと変わらぬ素敵な講師っぷりでした。


皆さんと笑顔で挨拶を交わし、お話をして最後に笑顔で握手をしてお別れしました。


ずっとカウンセリングの勉強を続けてきて、竹の子会の活動にも参加させて頂いて


でも、今年の春で竹の子会を離れ、相変わらずただのペーパーカウンセラーでしかない私ですが、決して無駄な時間を費やしていたわけではなかったですね。


こんな私に笑顔で声をかけてくださる方が、本当にたくさんいらっしゃるなんてね。


それぞれの人生で、今日の出会いは一度きりなんだけど、それが笑顔で始まって笑顔でお別れしたことが、すごく嬉しかった。


もしもう一度お会いすることがあったら、やっぱり元気な笑顔でお会いしたいものですね。


皆さんどうもありがとう<(_ _)>




とっても良い一日だったニャー

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posted by おやじカウンセラー at 23:08 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月03日

紙の本が滅びる社会


今日は7月3日日曜日の朝、おはようございます<(_ _)>


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昨日は2時間ほどウォーキングして、そのあと喫茶店で雑誌と本を読みました。


強い日差しをうけて、緑に囲まれた道を歩いていると、なんだか子供の頃の夏休みを思い出しますね。


その後、自宅に帰ってバイクの整備をして、また読書。


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そういえばずいぶん前に老眼鏡つくったのに、最近は全然使ってないなあ。



で、今朝・・・


目が覚めると、脳が「月曜の朝だよー」と誤認知して、ため息をつきながら「ああ、もう仕事かー、会議行かなきゃ」とおもむろに寝床を出て、ヤクルト飲んで一服していたら、今日は日曜だってことにようやく気づきました。


出かけるまでに少し時間があるので、また本を読んでいます。


本好きが高じて、小さな書店の店長をしていたこともある私ですが、最近は随分読書量が減りました。


原因の一つはやっぱりインターネットです。


お手軽簡単に文字や映像の情報が得られる社会は確かに便利ですが、その情報を処理する人間の方がついていけていない気がします。


人類が火を使うことを覚え、農耕を始め、産業革命が起き、それが現代社会の基礎となりましたが、そうした変化を凌ぐのが、情報化社会への変革だそうです。


パソコンやスマホなどの情報機器も、いずれは超小型化され、最終的には直接チップを脳に埋め込むような、そんなSF映画のようなことが現実になると思っています。


紙の本などは歴史の遺物になるんでしょうね。


そろそろ時間になったので、原付バイクで走りに行ってきます。



今日も暑いんだニャー

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posted by おやじカウンセラー at 07:14 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月02日

ヒトは成長しなければいけないのか


おはようございます<(_ _)>


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雨の季節は緑が溢れる季節でもありますね。



さて、朝っぱらから真面目な記事を書いています。


「ヒトは成長しなければいけないのか」というタイトルですが、


はい、「ヒトは成長しなければいけない」と私は思います。


「マズローの欲求段階説」には、5段階の欲求階層の上に、さらにもう一つの段階があるらしい。


それは「自己超越」 の段階である。


でもそんな立派な理論はマズローにまかせておく。


出来が悪くても自分の頭で考え、拙くても自分の言葉で語りたい。


「ヒトは成長しなければいけない」その理由を、私自身は、


「社会で生き抜くため」



そう答えたいです。


この世の中は厳しく、最後に自分を守ってくれるのは自分自身だからです。


社会福祉は、黙っていても助けてくれるものではなく、個人が行動して利用するものだとも思います。


56年間生きてきて感じるのは、やっぱり世の中は「弱肉強食」の世界なのだということ。


誤解を恐れずに言うと、


「個人の成長ができない者=弱者」なのです。


もちろん、そうした「弱者」が安心して生きられる社会こそ、成熟した社会なのでしょうが、日本のように豊かに発展した社会でも、成熟にはまだまだ程遠いのが現実です。


「ヒトが成長すること」「強くなること」であるなら、それは結果的に「成長できない弱者を切り捨てる」ことにつながるという考えもあります。


ある意味その通りかもしれません。


カウンセリングの世界でも、多くのカウンセラーは生き残るために「必死で成長しようと努力」しています。


十分な顧客(クエライエント)を確保できていないものは、より多くの顧客を得るために、カウンセラーとしての腕を磨き、顧客獲得セミナーに参加して「起業カウンセラーとして成長すること」を目指します。


カウンセラーとして成長し業界で生き残ることが、結果として一人でも多くのクライエントを援助することに繋がると信じているからです。


そしてそれは全く間違ってはいません。


「強くなければ、生きて行けない」


そして


「優しくなければ、生きている資格がない」



というあまりに有名な言葉がありますが、


まず生き抜いていかなければ、ものを語る資格すらないのです。


身体も脳細胞もすっかり成長を終えたというのに、それでも「ヒトは成長しなければいけない」のですから、本当に難儀なものです。(-_-)


成長なんかしなくても全然平気ー(^O^)/



誰かそう言ってくれませんかねー


ポチリで癒されるんだニャー🎵

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posted by おやじカウンセラー at 07:56 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

どこでカウンセリングを学ぶか

我が家のゴーヤもすくすくと育っています。


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さて、今日は岐阜で行われた「構成的グループエンカウンター」に参加してきました。


グループワークと構成的グループエンカウンターの違いは、明確に線が引けないところもありますが、どちらもカウンセリングの体験学習として、機会を見つけて学んでおきたいものです。


いずれにせよ、こうした体験学習は、ファシリテーターの力量と、参加メンバーによって、学びの度合いが違ってきます。


今日は旧知のカウンセリング仲間である、吉井先生岡島先生も参加されており、勉強不足の私は「なんとか必死でついていけたかな・・・」といった感じの、レベルの高い勉強会でした。


ところで、カウンセリングを学ぶ機会はたくさんありますが、その中からどうやって選べばいいのか、という問題があります。


もちろん出来るだけ質の良い講座、セミナーで学ぶことがとても大切です。


それがお金や時間の無駄をなくすことになりますし、なによりカウンセラーとして成長するには、どこで学ぶか、誰に学ぶかがすごく重要なのです。


具体的に、どこで?誰に?とはここでは書きませんが、そうした機会を得るためには、日頃から情報収集を怠らないようにしたいものです。


講師のHPやブログから、カウンセラーとしての活動実績や人となりを知ることは非常に重要です。


講師のプロフィールに、所有している資格名をずらずらっと並べ、卒業生の歯が浮くようなコメント(このスクールで学んで幸せになった等)をいっぱい載せ、あとはひたすら入校を薦めるようなHPもありますが、肝心なのはそこではありません。


講師のカウンセラーとしての臨床経験がはっきり書いてあるか、その持つ知識やカウンセリングに向き合う姿勢が分かるような文章が書いてあるか、そこをチェックすべきです。


他にはカウンセリングを学ぶ仲間との情報交換や口コミも大切ですが、最終判断は自分の責任で下すべきです。


個人的には、特定のスクールや団体で学ぶ際は、基礎知識から実技などをトータルで学べる利点はありますが、それだけにしっかり吟味してから慎重に選定してほしいと思います。


大金を払って入校してから、「失敗した・・・」と気づいても遅いですしね。


何事も基本をしっかり身につけることが大切ですから、最初は焦らずにカウンセリングの基礎をいろいろなところで学ぶことが良いのではないでしょうか?


スクールによっては、独自の理論やオリジナルの手法を売りにしているところもありますが、やはり基本をしっかり身につけることを最優先にしましょう。


今日は久しぶりに午前、午後の勉強会に参加しましたが、基本を学ぶこと、しっかり理解し身につけること、そして実践することの大切さを、改めて実感した一日となりました。


毎日ブログを更新するのは、まさに修行です。
それを長い間実践している方たちは、本当にすごいなあと思います。
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2016年06月22日

コミュニケーションの限界


蒸し暑くジメジメしているのが大の苦手で、早く梅雨が明けるようにと、てるてる坊主にお願いしたいと思っている、見た目だけはてるてる坊主のようなおやじカウンセラーです。


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で、本日の記事に突入( `ー´)ノ


「コミュニケーション能力が高い人」「会話が上手い人」というイメージがある。


物怖じせず誰とでも話せる、自分の意見をはっきり言える、相手を説得するのが上手い、ボキャブラリーが豊富、頭の回転が速くて言葉がポンポン出る・・・


だいたいこんな感じだと思うけど、本来の会話って、二人以上の人がそれぞれお互いに、言葉や身振り手振りや、時にはアイコンタクトなんかで、伝え合うとか分かり合うということのはずなのに、なんか話すのが達者な人が、コミュニケーション上手な人になってる感じがする。


いろんな場面で、口が達者な人は、いかに自分の意見が正しいかを、ときに諭すように、ときにたたみ掛けるように、ときに様々な事例や理屈を並べて、場合によっては声を荒げたりして、相手を説得してくる。


これが上手い人は、仕事なんかだと自分に有利な方向にことを運べるので、けっこう出来るヤツなんて思われたり、自分でもそう思ってるっぽいふしがある。


でも実際のところ、相手は全然納得してないんだよね。


だって自分の意見を通すために有利な理屈を見つけて、一方的に話して、相手の意見は素早く上げ足を取って、否定するための理屈を素早く見つけて・・・けっきょく、私の言うことが正しいでしょ!?って結論を押し付けているだけだもん。


確かに頭の回転は速いと思うけど、相手にしてみれば心から納得できていないし、本当はもの凄く違和感を感じてるわけ。


だけど、上手く反論出来ずに、自分の意見も言えずに、情けないやら、腹が立つやらで、しかたなくしぶしぶ受け入れるか、黙り込むか、あきらめるか、頭にきて会話じゃない方向へ向かってしまうか、それぐらいしか手立てがないわけ。


そして、こうした会話上手には、簡単に分けると二通りの人がいる。


ひとつは故意にそういうことをしている人で、自分の意見が一方的であることは気づいていて、多少の矛盾や、間違いや、ほころびがあるのも知っていて、それでも何かの目的を達成するために、意図的にそういうやり方をしてる人。


もう一つは、まるっきり自分の考えを疑ってなくて、その考えが正しいと信じ切ってて、ちゃんと話せば絶対に相手も理解して納得するはず、って思いこんで、自分の矛盾や勘違いに全然気づいていない人。


で、どっちも同じことをしているんだけど、私が思うにはわかっててやってる人は、まだ何とかなるわけ。


このタイプとの会話は、後出しジャンケン方式で、気が済むまで言いたいことを言わせるに限る。


言いたいことをさんざん言わせると、何処かしこに小さい矛盾や間違いが出てくるから、落ち着いて丹念にそこを確認していくと、だんだんぼろが出てくるので、おもむろにそこを突っ込むのだ。


でも思い込みタイプはそうはいかない。


そういう人は、一種のセルフ洗脳状態みたいなもんだから、本人は理論的に話してるつもりでも、実は全然そうじゃなく、理屈もへったくれもないのに、本人はちゃんと筋が通っていると思い込んで、これっぽっちも自分を疑ってないわけ。


これはこうしてやった方がいい、あれはああしたほうがいい、なんでこうしないのか?ああしないのはなぜなのか?みたいな会話が繰り返されて、こちらから、何故そうしたほうがいいと思うの?なんて質問すると、


「だってその方が正しいし、いいに決まってるでしょ」


なんて、ビックリするようなことを平気で言う。


意見の違いを認めたうえで、会話することで答えを出そうとしているんじゃなくて、最初からその人にとっては、答えは一つで、宇宙の真理みたいなものなのね。


こんな人との会話は本当にうんざりするし疲れる(+_+)


そんな時に私はコミュニケーションの限界を感じるのだ。


そしてそんな人に限って、こんなことを言ったりする。


みんなの意見も聞いて相談して決めようよ🎵


たちの悪いブラックジョークとは、まさにこのことである(-_-)


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posted by おやじカウンセラー at 23:30 | 愛知 ☔ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする