2017年04月10日

エンカウンター開催のお知らせ


私の今年の目標にしていた主催講座の開催がようやく決定いたしました。





【第1回おやじカウンセラーのエンカウンター㏌名古屋】
 
 
〜人生経験豊富なおやじカウンセラーから学べる体験学習講座です〜



日 時  平成29年6月10日(土)
     開場9時45分  開始10時  終了16時45分 

場 所  名鉄セブンスタービル6F( 名古屋駅から徒歩6分)

主 催・ファシリテーター  おやじカウンセラー(川畑ひさし)

定 員  12名程度(最少開催人数4名)

受講料  5,000円(温かい飲み物と休憩時のお菓子付きです)
        ※受講料は当日受付でお支払い下さい。



●カウンセリングを学んだことがある方が対象です。

● カウンセラー資格の有無は問いません。

● 体験学習が初めての方にもお薦めです。
                
● 傾聴訓練やロールプレイの勉強会ではありません。

● 個人の悩みを解決するための勉強会ではありません。

● 構成的エンカウンター(グループワーク)の講座です。

● カウンセリングを学ぶ仲間達と知り合うことが出来ます。

● 約7時間(昼休憩含む)かけて学ぶ充実講座です。
                 
● 格安で、しかも内容の濃い体験学習講座です。



エンカウンター(ふれあい)とは本音と本音の交流を意味しています。
心と心が通い合うためには、あたたかくて受容的な人間関係でなければなりません。

私自身が長年カウンセリングを学び、またボランティア活動としてカウンセリング関連の各種講座を企画運営してきた経験を活かし、参加者の皆さんが安心してのびのびと自己表現・他者受容を体験できる場をつくりたいという思いで、今回のエンカウンターを開催することにしました。


手をつないだり、歌をうたったり、肩をモミモミしたり、目と目を見つめ合うようなエクササイズはありませんので、恥ずかしがりやさんも安心してご参加ください。




〜会場案内〜

[ここに地図が表示されます]


☆愛知県名古屋市中村区名駅3丁目13-28 名鉄セブンスタービル6階 609号室


名古屋駅前、高島屋・ツインタワー側の地下鉄「名古屋」駅、2番出口より出て左折し、「スギ薬局」「サークルK・サンクス」を那古野町方面に徒歩3分。「モンブランホテル」「YAGIYA]を通過し、「ザ・サイプレスホテル」と「ローソン」のある交差点の右角のビル、「名駅セブンスタービル」の6階です。



4月15日(土曜)より参加者募集を開始しました。


募集要項はこちらをクリック
【おやじカウンセラーのエンカウンター講座 】募集開始







こちらの方法でも申し込みを受け付けております。


@私のPCアドレスにメールで申し込みできる方

A私のモバイルアドレスにメールで申し込みできる方
 私のモバイルはPCからのメールは受信拒否になっています。
 必ずあなたのモバイルからメールを送信して下さい。

B私の携帯番号ショートメールで申し込みできる方
 直接電話での受け付けは致しません。

Cフェイスブックでの申し込みは受付できません。(使いこなせていないので)



また、直接お会いした際に口頭でのお申し込みも受け付けております。


以上です。


この機会にエンカウンターを体験してみませんか。


ぜひ積極的なご参加をお待ちします\(-o-)/






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posted by おやじカウンセラー at 23:54 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

たかが聴く、されど聴く


昨夜の懇親会の興奮がいまだ冷めやらぬ私です。


実は昨日の昼間には、嫁とドライブがてらこんなのも食べちゃったりしていました。


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☆下山の古民家風のお店で食した猪鍋定食です。


美味しいものをたくさん食べて幸せになった私ですが、その結果についてはこれから頑張って責任を取ります。




さて、昨日の会では総会の後でしっかり勉強もしてきました。


ひさしぶりの傾聴訓練です。


しかし産業カウンセラー同士が集まって、傾聴訓練という言葉が出たとたん、なぜだか急に皆さんの目が泳ぐ泳ぐ


やはり「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、あの養成講座での傾聴実習は、今振り返ると異様な緊張を強いられる場であったことは間違いなく、そこで初めて傾聴を学んだ方の多くが、傾聴訓練とは厳しく辛く恥ずかしいものというイメージを持ってしまったのかも知れません。


もちろん私も皆さんと同様にあの傾聴訓練を体験してきたわけですが、正直に言って傾聴訓練に対する抵抗感はほとんどありません。


特別に好きなわけではありませんが(体験学習ならグループワークが一番好きです)、やれと言われれば、いつ 何時、誰の話でも聴くという感じです。


傾聴訓練ではセッションの後に振り返りがあり、そこで観察者から様々な意見、感想を出してもらうことで、カウンセラー役、クライエント役として何がしかの気づきを得て学びに繋げるという流れになります。


そういう意味ではセッション自体の目的というのは、上手にカウンセラー役をこなすことではなく、参加者により多くの気づきを得られるような題材であるかどうかなのです。


上手にやろうとか失敗しないようにやろうと思った時点で、カウンセラーの意識はクライエントから離れてしまいます。


指導者や周りの観察者の目を意識したカウンセリングは、いくら振り返りで褒められても、クライエントの援助にはならないし、たいした気づきも得られない、というのが私の考えです。


私は産業カウンセラーの養成講座を受ける前に、既にプロの臨床家の先生からカウンセリング、傾聴を学んでいました。


その先生に言われたのは「自分が何のためにその場所に座っているのかを常に意識すること」という言葉です。


つまり周りの目が気になるのはクライエントに意識が集中していないクライエントの話がしっかり聴けていないから、ということなのです。


振り返りの際に、要約、見立て、主訴などと言う言葉が使われますが、私自身は15分程度のセッションでそういうことを意識しながら話を聴くことは殆んどありません。


それよりも相手の言葉の意味、表情や態度の変化、目の動き、話す速さ、間や沈黙の意味などを頭の端っこのほうで意識しながら、基本は全身全霊で聴く姿勢で取り組んでいます。


ただ相手の話を聴くという単純なことですが、やはり傾聴は奥が深く難しいものです。


そして聴き手であるその人の全てが傾聴に表れるのだと思います。


傾聴を通して今の自分をさらけ出す覚悟がなければ、やはり腰の引けた中途半端な聴き方になってしまうのでしょう。


上手い下手ではなく、どこまで熱意を持って聴けるか、聴けているか、を問われるのが傾聴訓練なのだ。


私はそう捉えて実践しています。


傾聴訓練のあり方については各個人で考え方が違うと思います。


今回の記事に感じることがあればいろんなコメントを頂きたいと思います。






6月10日(土曜日)に、私個人の主催でグループワーク(構成的エンカウンター)を名古屋駅近くの会場で開催する予定です。


早ければ今週中にも詳しい内容が発表できると思います。





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posted by おやじカウンセラー at 22:42 | 愛知 ☁ | Comment(4) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

タブロイド思考な人


まだまだ朝晩は肌寒い日もありますが、もう季節は春ですね。


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4月1日(土曜)には、岡崎市でカウンセリングルーム杏アンゲーム講座に参加した後、参加者の方達とプチ花見に行く予定です。




さて、世の中には物事を複雑に捉える人と単純に捉える人がいます。


単純思考で物事を考える人をタブロイド思考タイプというそうです。


〇〇さんはお金持ちだけどいつも上から目線で、無神経で意地が悪い人なの・・・


△△さんはご家族に障碍者がいるのにいつも明るく前向きで素晴らしい人だ・・・


こういうのもある意味、単純思考でレッテル貼りをしています。


わかりやすいキーワードで物事を決めるのは、時として危険ですらあるのです。


特にカウンセラーであれば、人に対して先入観を持つことは、相手への理解を妨げることに繋がります。


生身の人間というものは決して一筋縄ではいかないものなのです。


例えば・・・


教育熱心で素晴らしい実績もあり、周囲からの信頼も非常に厚い教師が、実は不倫をしていて家庭では配偶者に対してDV行為をしている。



例としてはあまり良くなかったかも知れませんが、程度の差はあれこうした二面性を持っている人は珍しくありません。


二面性どころか三面も四面もの顔を持っているのが人間なのです。


とはいうものの、こうして自分の考えを文章にした時点で、すでに物事を単純に決めつけているのかも知れません。



人間というものは表も裏も良い面も悪い面もあって当たり前なのだ。



そうレッテル貼りをしていると捉えられても仕方がない記事を書いているからです。


タブロイド(単純)思考の人は、ステレオタイプなパターンで物事の答えを出しているかもしれませんが、それに対して複雑思考タイプの人は、エンドレスな思考ループにはまり込んでいて、答えを出すことを放棄しているのかも知れません。


ただ誤解されたり非難されるのを承知の上で言わせてもらうと「ステレオタイプのタブロイド思考の人の話はつまらなく、あまり会話が弾まない」と、私はそう感じることが多いです。


と言っても私は単純思考の人が嫌いなわけではありません。


素直で裏表がなく正直な人が多いのもこのタイプです。


なにより私の嫁は、ガッチガチのタブロイド思考タイプなのですから。


(;^ω^)




4月9日(日曜)に「自然体とくつろぎのお話し会・春」と題してエンカウンターが開催されます。


詳細はこちらからどうぞ⇒「自然体とくつろぎのお話し会・春」


私も参加しますが、どんなエンカウンターになるのかとても楽しみです🎵




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posted by おやじカウンセラー at 22:11 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

やたらとエラそうな奴ら


最近のテレビは必ずと言っていいほど同じようなニュースが流れていますね。


豊洲市場移転と森友学園に関するニュースです。


個人的には豊洲問題はまだしも、森友学園の件などでいつまでもガタガタしている場合なのか?という気がしてなりません。


「もっと国会で論議すべき重要な問題があるだろう」


そんな腹立たしい気持ちでいっぱいになります。


他にどんな問題があるのか?については、こんなブログに書くような軽いことではないと思うので書きません。


一つ言えるのは、少しぐらい生活が貧乏になったり不自由になっても構わないので、私や子供たちの世代が今のまま平和でいられたら(戦争に巻き込まれなければ)いいのだけれど・・・ということです。




さて話は戻り「豊洲市場移転と森友学園」の件です。


ニュースを見ていると「よくもまあ、これだけ横柄で上から目線のエラそうな奴らが揃ったものだ」と呆れてしまいます。


立派な肩書、社会的な成功、お金もち、であることと、その人の品格というか人間性は関係がないのでしょうね。※もちろん人格的に優れたリーダー、成功者、お金持ちの人も世の中にはたくさんいる?はずです。


もしかしたらこうした人たちは、人間関係を「支配するものと従属するもの(上か下か)」という感覚で捉えているのかも知れません。


そうやって力により相手を服従させ支配下に置く行為は、その人の優越感を満足させ自己肯定感が高まるのでしょう。


しかし、そんなとんでもなくエラそうな奴らの心の奥底には、表の態度とは全く違う心理があるのかも知れません。


人の気持ちを顧みる余裕がない、強くないと酷い目にあう、弱い自分はダメな人間、弱みを見せたら終わり、力を持たない自分には価値がない・・・


つまり「ありのままの自分に自信が無い」ということ。


その自信の無さや自己否定感が半端ないからこそ、その反動も大きくなって、とてつもなくエラそうな態度をとるのかも知れません。


まあこのように考えると、あの桁外れにエラそうな奴らの態度も理解できなくもない気が・・・全くしません!


私はそこまでの人格者ではないので、あんなエラそうな奴らを見ると不快感怒りしか感じません。


そして、人の性根は人相に表れるというのは本当だと感じるだけです。


見てごらんなさい、あのエラそうな奴らの品格のない歪んだ顔を(# ゚Д゚)



私は特に尊敬する人物はいませんが、強いて言うならば次のような人を尊敬します。


社会の片隅でつつましく生き、自分ができる仕事を真面目に取り組み、愛のある温かい家庭を持ち、身の丈に合った生活をし、なるべく他人に迷惑をかけず、出来る範囲で他人を助け、穏やかで静かに暮らす人


つまり普通の人が一番立派だということですよ。


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人の心を受け入れられない人は、いつまでたっても心の孤独から抜け出すことは出来ないのです。




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posted by おやじカウンセラー at 00:17 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

男は女より精神的に脆いのか?


少し前に女性カウンセラーの方達とをお話しをする機会がありました。


その際に「男は女より精神的に脆いんじゃないか?」という話題になり、私もそう言われてみると確かにそんな気がしていろいろ調べてみました。


その結果分かったことは、精神面だけでなくそもそも生物学的に男のほうが女よりも生命力自体が弱く、女のほうが生物として完成度が高いようなのです。


平均寿命も女より男が6,5年も短く、自殺者格差は男が女の2,5倍(アメリカは4,2倍)、ガンによる死亡率も男が高くなっています。


やはり種の保存という理由からか、生物としては女性のほうが生命力が強いことは事実といえるようなのです。


精神的な部分については個人差があるので一概には言えませんが、ある医療機関が男女のストレスについて調査した結果、男女によって大きな違いがあると発表しています。



@ストレス解消法  男の1位・のんびりする   女の1位・おしゃべり


Aストレスの原因   男の1位・仕事   女の1位・人間関係



これを見て面白いと感じたのは、女の場合は人間関係が最もストレスを感じる要因なのに、おしゃべりという対人コミュニケーションでそれを癒していること。


男は仕事が最もストレスになっており、仕事をせずにのんびりすることでそれを解消していることです。


さらに同じ機関の調査結果で、結婚している男女間(夫婦)の1日の会話時間というのがあり、最も多かったのが10分〜30分だそうです。


おしゃべりでストレス解消したい女と、静かにのんびり過ごしてストレス解消したい男は、初めからかみ合わないものなのかもしれませんね。


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我が家の嫁はテレビを見ているかスマホを触っている時以外は、四六時中何かしゃべっていますが、それが独り言なのか私に問いかけているのか、いまだに判断がつきません。


カウンセリング実技の向上のため、良さそうな傾聴訓練の勉強会があれば、できるだけ参加するようにしていますが、本当はわざわざお金を払って勉強しなくても、嫁の話を毎日1時間みっちり聴けば、かなり傾聴の腕が上がるわけです・・・(理屈としては)


クライエントの話は聴けても、嫁の話は聴けないとは情けない話です。


カウンセリングの勉強も結婚生活も、まだまだ修行が足りないということですね。




4月9日(日曜)に「自然体とくつろぎのお話し会・春」と題してエンカウンターが開催されます。


詳細はこちらからどうぞ⇒「自然体とくつろぎのお話し会・春」






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2017年03月19日

自然体と自護体


柔道の基本的な姿勢・構えとして「自然体」と「自護体」があります。


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無駄な力を抜き、いつでも攻守に対応できるようなリラックスした構えを「自然体」、腰を落とし相手の攻撃を防ぐ守りの姿勢を「自護体」というのです。


普段の生活、特に人間関係においても、心理的には常々自然体でいられたらと思うが、なかなかそうはいかないものです。


身構えることなく素の自分で人と接することが、どれだけできているかを考えると、人によっては殆んどゼロという人もいるでしょう。


多くの人は、常に何がしかの構えをしているということです。


柔道でも自然体でいられるのは、相手より自分の実力が相当上回っていなければ難しいものです。


人間関係は試合や戦いではないのですが、嫌われたくない、好かれたい、バカにされたくない、負けたくない、怖い、近寄って欲しくない・・・といった気持ちが、心理的に守りの構えをとってしまうのです。


逆に対人関係でやたらと攻撃的な姿勢を持つ人がいますが、「最大の防御は攻撃なり」と言いますから、根っこの部分は同じかもしれませんね。


自分自身にゆるぎない自信があれば、余裕を持って自然体でいられるのでしょうが、そんな人は滅多にいないですし、もしいたとしてもそれこそ出来るだけ近づきたくないようなタイプの人間のような気がします。


あとはもう、嫌われても負けても馬鹿にされてもいいのだと、開き直ってしまう手もあるのですが、あれだけのベストセラーになったアドラーの「嫌われる勇気」を読んでも、実践するのは難しいと聞きますからね。(私は読んでないです)


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え -
嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え -


ちなみに柔道ではまず初めにしっかりと受け身の練習をします。


ちゃんとした受け身が身につけば、投げられてもそれほど痛くないし、滅多に怪我などしないものだということを繰り返し体験することで、投げられることへの恐怖がうんと軽減するわけです。


人間関係においての「受け身」の練習にあたるのが、カウンセリングだったり、エンカウンターでのふれ合いなのかもしれませんね。




4月9日(日曜)に「自然体とくつろぎのお話し会・春」と題してエンカウンターが開催されます。


詳細はこちらからどうぞ⇒「自然体とくつろぎのお話し会・春」




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2017年03月17日

「自然体とくつろぎのお話し会・春」のご案内


来月4月9日(日)に、名古屋で「自然体とくつろぎのお話し会・春」と題された非構成的エンカウンター(テーマを決めない自由なお話会)が開催されます。


主催者兼世話役は、カウンセリング仲間の本荘一樹さんです。


本荘さんは私よりうんとお若いのですが、産業カウンセラーの大先輩でもあります。


私も参加する予定ですが、初体験の非構成的エンカウンターということで、今から楽しみにしています🎵


本荘さんのフェイスブックに投稿されたお知らせを貼っておくので、興味がある方は気軽に参加して下さい。



こんにちは。本荘一樹です。
やることはただ和室でくつろぎながら思ったこと、感じたことをおしゃべりするだけというシンプルなものです。
僕は今まで他の方が主催する「お話会」に参加者として参加させていただきました。そのときに感じたのは、自分が思っていること、考えていること、感じていることをみんなの前で話して、分かち合うってすばらしいということです。いわゆる生で分かち合うことで「感情の共有」ができるんです。もちろん自分で感じていることなどをブログとかフェイスブックで投稿するのもいいんですが、生で発言して分かち合えるのが何とも言えない心地よさがあるんです。
そういう感覚を味わってみませんか?
基本的にテーマは設けません。みなさんが感じたことなどを好きに話してください。話しにくい方はただ「そこ」にいるだけでも構いません。
興味ある方、時間のある方はお話会で話してみませんか?
僕はファシリテーターというより、世話人兼参加者という形になります。
日時:4月9日(日)10時〜16時
会費:2000円
定員:7名(主催者入れて)
場所:名古屋市中生涯学習センター 第1和室
名古屋市中区橘1−7−11
地下鉄名城線・鶴舞線上前津駅6番出口より徒歩7分
金山方向へ歩き、下前津の信号を右へ曲がるとセンターが見えます。




フェイスブックをされていない方、申し込み方法がわからない方は、このブログのコメント欄に「お名前と、携帯番号・Eメールアドレス」を記入して頂ければ、私からお返事いたします。


私の連絡先をご存知の方は直接連絡して頂いて構いません。


コメントは私が承認しない限り非公開で、連絡先を確認後はすぐに削除しますのでご安心ください。


SNSでの交流が悪いとは言いませんが、直接顔を合わせてふれ合うことで、より深く自分自身を知り、新しい出会いによって人間関係を広げてもらいたいと思います。


定員7名の少人数制ならではの、穏やかでのんびりとした時間を一緒に過ごしましょう。


ちなみにこのエンカウンターに参加された方には、伝統的な味噌づくりの蔵元で工場長をしている私から、ささやかなプレゼントをご用意しています🎵


ぜひこの機会にご参加ください。




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posted by おやじカウンセラー at 20:55 | 愛知 ☀ | Comment(1) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラポールのコツはアモーレなのだ


先月の下旬に参加した「傾聴トレーニング講座」では、初めて傾聴を学ぶ方も多く、各グループごとに5分間のセッションを3回行いました。


カウンセラー向けの傾聴訓練でも、10分からせいぜい20分ほどのセッションが多いようですが、個人的にはもっと長く50分ぐらいのロールプレイをやりたい気持ちが強いです。


ただ、時間が短ければ短いなりに、いかに短期間でラポールを形成するかという訓練にもなります。


講師の竹内成彦先生「話を聴く最大のコツは、相手に暖かい関心を持つこと」であり、それこそがカウンセリングの奥義だと仰いました。


非常にわかりやすい言葉です。


そしてこれはラポールのコツでもあると思います。


プロのカウンセラーの場合(特に個人開業のプロ)、次回のカウンセリングに繋げられるか否かは、初回面談でいかにラポールが形成されるかが非常に大切です。


そういう意味ではカウンセラーにとって、クライエントは常にアモーレだという意識で接することが理想なのです。


「会いたくて会いたくて待ち焦がれたクライエントにようやく会えた」という気持ちが相手に伝わることが、ラポール形成の基本なのです。


そしてその伝え方は言葉よりも、非言語(ノンバーバル)なコミュニケーションがとても大切です。


このノンバーバルな非言語コミュニケーションについては、訓練を重ねてもなかなか身につけるのは簡単ではありません。


技術的には、ミラーリング(相手のしぐさや姿勢を真似る)、ペーシング(相手の話し方やリズムを合わせる)、キャリブレーション(相手の心理状態を言葉以外のサインで読み取る)などがありますが、感性やセンスが大きく関わってくる部分なので、誰でも練習すれば必ず(もの凄く)上手くなるというわけではないと、私は正直思っています。


まあ個人的な見解としては、そう思うということです。


しかも、実際のクライエントが全員「平原愛梨」のようであれば、長友選手でなくても「よく来てくれたぜ、アモーレ〜(^O^)/」となるのでしょうが、実際にはそんなクライエントはまずいないでしょう。


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「相手に暖かい関心を持つ」こと。


そして「非言語のコミュニケーションで相手に伝える」こと。


たった5分のセッションであっても、その5分間でどうやったらラポールを形成できるか、という課題を持って取り組めば、短くても十分に意義のある傾聴訓練になるということが、先日の講座で実感できました。


これが講座から3週間後の今、あらためて振り返ってみた私の気づきです。



☆本日2回目のブログ更新です☆



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posted by おやじカウンセラー at 00:28 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月26日

あなたの話、聴かせてよ


今日はとっても良い天気の日曜日でした。


少しづつ少しづつ、それでも着実に春の訪れを感じます。


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さて、今日の私は予定通り竹の子会主催の「聴く技術を学ぶ・傾聴トレーニングIN豊田」に参加してきました。


これまでに何度も受講してきた講座ですが、今日は本当に心に沁みるというか、私にとってなんだか忘れられない講座になったと思います。


講師の竹内先生、竹の子会の皆さん、声をかけてくださった顔なじみの方々、初めてお会いした皆さん・・・


本当にありがとうございました。




そして講座が終わって今、いろんなことを考えています。


辛く悲しい過去を忘れることよりも、楽しく幸せだった過去を振り返らずに生きることの方が、うんと難しいんだなって・・・


あの人の話も、他のあの人の話も聴かせてもらいたかったなって・・・


そんなことを思っていたら、ふと、この曲のフレーズが頭に浮かんできました。




なんでかなあ・・・


今夜は妙に感傷的な気分に浸ってしまう私なのです。




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posted by おやじカウンセラー at 23:36 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

構成的エンカウンター


昨日は「いちごの会」(産業カウンセラー協会認定自主学習グループ)の定例学習会で、私がファシリテーターとなり構成的エンカウンターを実施しました。


エンカウンターとは「出会い」という意味で、参加者の自己洞察と他者受容を通して気づきを得るワークです。


エクササイズをこなすことより、その後の振り返り、シェアリングに重きを置くのが構成的エンカウンターの特徴です。


こうしたエンカウンターのようなワークで、より深く良い学びを得るには、なにより参加者のレディネスがもっとも重要となります。


レディネスとは、何かを習得・学習する際、それに必要な条件や環境が学習者(参加者)側に整っている状態のことです。


「いちごの会」のメンバーは、殆んどが産業カウンセラーの有資格者であり、プロのカウンセラーやセミナー等の講師経験者もいらっしゃるので、皆さんの学ぶ意欲も申し分なく、今回のエンカウンターも非常に充実したものになりました。


反面、私のファシリテートについては、時間配分、進行、準備不足等、多くの反省点がありました。



エンカウンターとグループワークとは?エンカウンターの目的とは?ラポールとリレーションの違いは・・・?等々


こうしたミニ講義も取り入れながらフェシリテートを行ったのですが、仮に自分が10知っていても、人に伝えたり教えられるのはせいぜい2〜3なのですね。


自分の知識や理解がそもそも5にも足りていない私は、はたしてどれだけのことを伝えられたのか・・・


自分への課題はたくさんありましたが、それに気づけたことも含めてよい経験が出来た昨日の学習会でした。



最後に国分康孝先生の著書から抜粋した言葉を紹介させていただきます。



知ありて解(げ)なきは慢心を生じ、
           解ありて知なきは無明を生ず。




「知」とは知識、学問のこと。「解」とは体験、経験として学ぶということです。


この言葉の続きは「知と解あいまちて(相まって)初めて行いの基たるべし」と締めくくります。




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posted by おやじカウンセラー at 18:00 | 愛知 ☀ | Comment(3) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

「コミュ力」さえあればいいのか?


もうここ何年も前から、企業が人材に求める最も重要なスキルは、何をさておいてもコミュニケーション能力だそうです。


確かに企業(組織)においてコミュニケーション能力(以下コミュ力)は大切なスキルの一つだとは思います。


でもコミュ力さえあればオールOKなのかと言えば、そう簡単なものではないでしょう。


そもそもコミュ力というのは、ある程度は学習と努力で身につくものもありますが、多くの他の能力がそうであるように、もって生まれた能力と大人になるまでの環境がモノをいうと思います。


有難いことに私自身はコミュ力がそれなりにあるタイプだと思います。


コミュ力を身につける努力など生まれてこの方したことはありませんが、強いて言えばカウンセリングを勉強しているのがそれにあたるのでしょう。


しかし、カウンセリングを学ぶ以前も他人とのコミュニケーションで苦労したことはあまりありません。


その反面、コミュ力以外の能力(例えば学習能力、チャレンジ精神、バイタリティ、リーダーシップ、等々)はからっきしです。


これは謙遜ではなく本当にダメなのです。


特に学習能力とチャレンジ精神は悲しいほどに持ち合わせていません。(-_-;)


多少のコミュ力があることより、他の能力を持ち合わせていないことで苦労してきた思いが強い私なので、頭が良い(勉強が出来る)人、行動力(チャレンジ精神が旺盛)がある人が、心から羨ましいと今でも思っています。


ただ、無いものねだりしても仕方がないし、結局は誰もが自分の持ち合わせているもので生きていくしかないので私もそうしているのです。


巷では「コミュ力強化」とか「コミュ力向上」をうたうセミナーが盛んにおこなわれていますが、やはりそれなりに効果はあるのでしょうか?


自身のコミュ力が乏しいと感じ、そのことで苦労している人は少なくないのでしょうが、コミュ力さえあれば万事解決とはいかないのが現実です。


人並み以上に様々な能力に恵まれていても、必ずしも幸せになれるとは限らないのですから。


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1月ももう終わりですね。


なんだか最近は、もの悲しく、もの寂しく、今ひとつ元気が出ない、落ち着かない日々を過ごしています。



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posted by おやじカウンセラー at 22:59 | 愛知 ☔ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

傾聴トレーニングin豊田

今日は寒いけど天気がよさそうです。


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さて、カウンセリングの基本が傾聴にあることは間違いありません。


カウンセリングだけでなく普段の生活の中でも「人の話を聴く」ことはとても大切です。


人間関係が上手くいかない理由として「人の話が聴けない」とか「聴いてもらえない」というのは大きいです。


2月26日(日)の午後から愛知県豊田市で「傾聴トレーニング講座」が開催されます。


ボランティア団体「竹の子会」が主催するこの講座も、今回で12回を数えますが、広く一般の方々に「話を聴くこと」を学んでいただける講座として好評なのです。




カウンセリングに興味がない人でも、わかりやすく体験的に「聴くこと」を学べる講座ですよ。


この機会にぜひ、職場や家庭で生かせる「話の聴き方」を学んでみてはいかがでしょうか(^-^)



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2017年01月16日

考えても仕方がないこと

考えても仕方がないことほど、考え出すとやめられないものです。


とくに悩みや不安についてはいくら考えてもきりがなく、どんどん負のスパイラルに陥ってしまいます。


その根底には「答えを出すことが怖い」という気持ちがあるのかも知れません。


人生においての「答え」は、必ずしも前向きで明るいものばかりではありませんからね。


しかし自分で答えを出さなくても、いつか必ず突きつけられる現実があります。


自分独りで悩みを抱え、考え込んでしまう苦しさから逃れられない時こそ、カウンセリングを受けてみる良い機会なのだと思います。


逃げようのない辛さや苦しみをわかってくれる相手がいることで、いつか自分で答えを出す勇気を持つことが出来る。


そうした援助をするためには、カウンセラー自身がその勇気を持たなければいけないのでしょうね。


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今年は積極的にカウンセリングを受けてみようと思っています。



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2017年01月05日

連休明けの憂鬱

連休最終日の昨日、愛車のXL125Sにナックルガードを取り付けました。


キジマ(Kijima) ナックルガード 左右セット ブラック 405-035B -
キジマ(Kijima) ナックルガード 左右セット ブラック 405-035B -


キジマのナックルガードですが、汎用タイプなのでかなり加工しましたし、ほどほどで妥協することにもなりましたが、昔風のデザインで私の愛車にマッチしていい感じです。(自画自賛(^.^))


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防寒グローブもいろいろ試しましたが、ナックルガードの効果がどのくらいなのか、今度の休日にでもさっそく走りに行って感想を書こうと思います。



さて、そろそろ今年の仕事始めという方も多いかと思いますが、連休明けの気分は独特です。


サザエさん症候群というのがありますが、長期連休ともなれば、休み明けの憂鬱な気分は誰もが経験するものでしょう。


旅行やイベントなどで非日常の休暇を満喫した人も、逆に何もせずせっかくの連休を怠惰に過ごしてしまった人も、違う意味で仕事始めの気分は重いものです。


連休中の暴飲暴食で体調が今ひとつだったり、正月太りで体が重い、夜更かしなどで生活のリズムがおかしくなっているというのも憂鬱な気分の原因かもしれませんね。


まあ嫌々でも仕事が始まってしまえば、日常に戻るのは時間の問題なのですが、出来るだけ憂鬱な気分を引きずらないように気持ちを切り替えることが大切です。


そのためにはいくつかの方法があります。


出来るだけ早く生活のリズムを整えて、気持ちと身体を仕事モードに戻すこと。


次の休日の楽しみを考えて、終わってしまった連休の思い出に浸り続けないこと。


可能な範囲で、いきなり大きな負荷をかけないで徐々に仕事を始めること。


職場の仲間とのコミュニケーションで、気が重いのは自分だけではないと感じること。



他にもいろいろな方法があると思いますが、仕事で頑張ってこそ楽しい休日が得られるわけですから、そこは割り切ってONとOFFのメリハリをしっかりつけることが、もっとも大切なことだと思います。


私はサラリーマンの経験しかありませんが、自由業や個人事業主の場合、仕事と休みの切り替えが曖昧になってしまい、休みだからといって上手く気分を切り替えられないという話もよく耳にします。


サラリーマンでも業種によっては、長期連休がとれない人もいるわけなので(私も30代のときは大晦日も元旦も仕事をしていました。)、まとまった休みが取れる人は恵まれているのです。


また明日から仕事が始まるのか・・・(*_*;


と憂鬱な気分になることは特別なことではありませんが、そんな思いが過剰になり過ぎて、せっかくの連休自体を楽しめなくなるようでは元も子もありません。


普段から自分に合った気分転換の方法や、メリハリのつけ方を身につけておきたいですね。


さあ、もういくつ寝るとゴールデンウィークかな・・・


今から楽しみですヽ(^o^)丿



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posted by おやじカウンセラー at 21:16 | 愛知 ☀ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

心の役割

おはようございます<(_ _)>


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今日は仕事納めで、明日から連休に入ります。


やることはきっちり済ませて、気分良く新年を迎えたいと思います。



辛い、疲れた、つまらない、腹が立つ、晴れ晴れしない・・・


せっかくこうして生きているのにって思います。


幸せ不幸せも自分で選択するもの。


変えられない運命もありますが、自分で変えられるものまで運命だと思い込んでいるのは、本当にもったいない話です。


学んで知恵をつけることは大切です。


我慢することも鍛えることも大切です。


でも一番大切なのは自分を信じる心なのかもしれませんね。


そこが揺らいでいると、どれだけ頑張ってもなかなか上手くいかないものです。


もっと自分の心に素直に、幸せに生きればよかった・・・



そんな後悔はしたくないからね。


もうすぐ今年も終わりですが、来年こそはではなく今日からはという気持ちで、今日から頑張りましょう!



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posted by おやじカウンセラー at 08:48 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

空気を読めない人の苦悩

おはようございます<(_ _)>


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今朝も冬晴れの良い天気ですねー


そろそろ年末の大掃除を始める方もいらっしゃると思います。


私は昨日も、そして明日からもまだまだ仕事の追い込みで忙しいので、今日はのんびり疲れを癒します。



さて、前回のブログでは「空気を読む人の功罪」と題して、主に私自身の事を書きました。


今回は「空気を読めない人」について書きますが、その前に二つのことを言っておきます。


一つ目は「空気を読めない」と「空気を読まない」のどちらが正しいかということですが、「空気を読む読まない」を本人の意思で自在にコントロールできるのなら、それほど困らないわけです。


私が「必要以上に空気を読んでしまう」ことを止められなくて悩んでいるように、「空気を読むことが上手くできない」ことで苦労している人の事を書こうと思うので、ここは「空気を読めない」とさせてもらいます。


二つめは、こういう話題を書くとすぐにアスペルガーと結びつける人がいますが、それはあまりに乱暴でとんでもない話です。


「空気を読めない」=「アスペルガー症候群」と決めつけるのは間違っています。


カウンセリングを学んでいても、精神医学の知識をほとんど持たないままの人がいますが、そういう方はこんなブログを読む暇があったらもっと勉強して下さい。


ここからようやく本題ですが、正直に言って「嫌でも空気を読んでしまう」私は、そのことで悩むことも多いのですが、社会生活(特に集団や組織)をおくるうえでプラスになることも少なくありません。


なので「空気を読めない人」の苦労や苦悩がわかるかといえば、ある程度の想像は出来ますが実感としてはよくわからないのが本当のところです。


しかし前回の記事でも書きましたが、日本の社会(特に組織や集団)では、明に暗に「空気を読むこと」を要求されることは確かです。


直接の仕事能力とは関係なく「あいつは空気が読めないヤツ」だとか「もっと空気読めよ」などと言われるのは、あまりに理不尽な話です。


実際は「空気が読めない」と実感している時点で、多少なりとも自分を客観視できているわけですから、てう気が読めないというのも程度の問題なのだと思います。


私はこれまで多くの人と公私にわたる付き合いがありましたが、本当にまったく全然「空気が読めない人」には、一度も出合ったことはありませんから。


そして「空気が読めない」タイプの人の多くに大して、私が感じる共通の認識があります。


それは・・・


空気が読めないタイプの人は集中力が高い人が多い


なぜだかこれは本当にそうなんです。


考えてみると「空気を読む」ということは、それだけ周囲に気を配って気にしているということなんですね。


私なんかまさにその通りで、会議なんかでも自分で意見を言いながら回りの反応を伺っていて、その反応次第で話し方や内容を変えたりします。


悪く言えば、いつも「いろんなところに気が散っている」状態なわけです。


周りへの対応は上手でも、何か一つの事に没頭するとか集中することが非常に苦手なのです。


「空気が読めない」というのは、何かを始めると周りが見え難くなるとか、つい自分の世界に入り込んでしまうというのがあると思います。


そしてそういうタイプの人はいろんな意味で「自分の世界」というものを持っていて、それに没頭してこそ本来の持っているチカラや能力を発揮できるんじゃないかなあ。


事実、私の知人友人で一芸に秀でた人は、例外なくこのタイプですね。


以前のブログにも書きましたが、私の40数年来の親友である児童文学作家の阿部夏丸さんなどは、典型的なこのタイプでした。(昔は本当に「我が道」を行っていましたから(^^;)


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☆阿部夏丸さんの著書のほんの一部です🎵



他にも何人も思い浮かぶ人がいますが、それぞれに自分の得意分野を持つ人ばかりです。



場の空気を読むことも読めないことも、おそらく本人の生まれつき性格と、その後の生育環境に要因があるのでしょうが、大人になってからそれを完全に変えることは難しいと思います。


空気を読む人には過剰適応してしまうことへの苦悩があり、逆に読めないタイプの人には周囲との軋轢や理解してもらえないことへの悩みがあるのです。


大切なのはそうした自分の特徴をしっかり自覚したうえで、変えられる部分は変える努力をして、変えられないものは素直に受け入れること。


そのうえで、短所ばかりに目を向けずに、長所をしっかり捉えて自己を成長させることなのだと思います。



なんだか最初に書こうと思っていた内容とは変わってしまいました。


人間はいくつになっても、どれだけ経験を積んでも、自分に対して心の底からの自信なんてなかなか持てないものですね。


少なくても私はそうです。


でも最近は少しだけ考えが変わってきました。


これまでの人生でそれなりに頑張って苦労もしてきたんだから・・


ダメなところや気に入らないところもたくさんあったけど、そんな自分でこれまでやってきたんだから・・・


もうそろそろ自分虐めはやめて、仲良く最後までやっていこうよ


そう思っています。


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posted by おやじカウンセラー at 10:24 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

空気を読む人の功罪

昨日はいつもより早く起きて着替えを済ますと、顔もろくに洗わずに原付に乗ってJR安城駅へGO!

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県外にいる長男が金曜日から3連休なので、とりあえずの足にするため駅の駐輪場に原付を置いてきました。


ちなみに私は、今日(土曜日)も仕事です。(*_*)


で、今朝は出社前にこうしてブログの更新をしています。


早速ですが、私は割と空気を読むタイプです。


いや、割とどころかガンガンに読みます!読みまくります!



読んでばかりで吸うのを忘れて、たまに気がつくと息苦しくなるほど・・・。


空気を読むというのは、つまり場の雰囲気や相手の態度などから状況を察し、それを汲み取った行動をすることだと思いますが、一般的にはコミュニケーション能力として必要なこととされています。


しかし、これも程度の問題で、あまりにそうした行動が過ぎると


「計算高い人」「立ち回りが上手くて腹黒い人」


などといわれることもあります。


ただ、空気を読みまくるタイプの私から言わせてもらうと、別に意識して読んでるわけでもないんです。


いちいち考えながら空気を読んでいるような人は、まあ実際には大して場の空気を読めない人だと思います。


本当に空気を読める人、それが心底身についてしまった人は、


瞬時に読む!いつも読む!考える前に読む!息を吸うように読む!


ブルース・リーの言葉「考えるな感じるんだ」に匹敵するほど。


尚且つ


空気を読むことを自分ではやめられない(>_<)



これまた「やめられないとまらない」のかっぱえびせんに匹敵です。


とにかくそんな感じなのですよ、少なくとも私はそう。


もちろん常に100%読み切れるわけではないけどね。


でもね、これは正直言って疲れます。


だいたい本来は吸うべきものである空気を読んでばかりいるのですから、先程書いたように息苦しくもなりますよ。


まさに酸欠状態(*_*;


おまけに私のようなタイプは、ついつい周囲の人にも空気を読むことを(言葉や態度で)要求してしまうので、その度が過ぎると周りも息苦しくなるのです。


日本人はどの外国人と比べても、空気を読むことに長けている民族だと言われています。


島国であること、単一民族であること(しかし厳密には違います)、農耕民族であること、などがその理由と言われていますが、そうした空気を読む風習というか習慣は、特に現代のサラリーマンにしっかりと受け継がれているんですね。


組織の潤滑剤とかムードメーカーなどといわれるような人は、おそらく上手に空気が読めるタイプの人なのでしょうが、あまりにそんなことばかりしていると、自分自身というものをどんどん失ってしまいます。


自己主張が出来なくなり、その場の状況や相手の態度、感情に合わせた対応しかできなくなるのです。


これはなかなか辛くて苦しいものです。


そんな時、いわゆる空気を読めない人の自由奔放な態度(空気を読む人からはそう見える)を目の当たりにすると・・・


イライラします!頭にきます!もっと空気読めよ!と思います(場合によっては実際に言います)。


自分で勝手に空気読んで、言いたいことも言えずに疲れている、モヤモヤしている気持ちの八つ当たりですね。


やっぱり空気を読むのはほどほどにしないとね。


言い方を変えれば「相手の顔色を窺う」「相手の腹を探る」「上手く立ち回る」ってのが空気を読むことだから。


しかしねー、さっきも言いましたが意識して空気を読んでるんじゃないんです。


もう反射なんです、パブロフの犬と同じなんです。


「コミュニケーション=空気を読む」


こういう図式が脳の中で出来あがっているんです。


ポケーっと何も考えずに、無防備な状態でコミュニケーション出来たらどんなに楽で幸せか・・・。


だから私は独りの静かな時間が好きなんです。


予告⇒次回のブログは「空気が読めない人」について書きます。



最後にちょっとだけお時間を・・・。


皆さんが応援してくださったおかげで、ブログ村のランキングもぐんぐん上がって今週は心理カウンセリング部門OUTポイントで2位を維持しています。


もうね、本当に有難くて泣きましたよ(>_<)


ただね、2位なんですよね、2位・・・。


せっかくならやっぱりね、その上があるわけですから。


まあここまで言えば、普通はね、空気を読んでくださるというのが日本人の美学なわけで・・・。


あれ??下の猫ちゃんが何か言ってる。


何だろうなあ・・・?


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posted by おやじカウンセラー at 05:58 | 愛知 ☁ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

信頼に値するカウンセラー

毎日いろんなことが起こります。


良いこと、悪いこと、そのどちらでもないこと・・・


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取り立てて何事も起きなかった日は「退屈だけど平和に過ごせたなあ・・・」と思います。


私はそういうタイプです。




昨日はまたまた更新をサボったので、今夜は二つめのブログです。



タイトルは「信頼に値するカウンセラー」です。


読み進むとわかりますが、かなりキツいことが書いてありますので、取扱注意です!


では・・・



あなたは大切なことを決めるとき、自分で決めますか?それとも誰かに決めてもらいますか?


「そんなの自分に決まってるでしょ!」


と言いたいところですが、必ずしもそうとばかりも言えませんね。


何かを決めるということは、他の選択肢を捨てるということになります。


決めたことによるリスクもあれば、責任も発生します。


リスクは怖いし責任も負いたくないとなると、なかなか決められなくなります。


「今日のランチは何にしようか?」ということさえなかなか決められない人もいますが、昼飯ぐらいなら何を食べても大した問題ではありません。


しかし、その人の人生に大きく関わるような問題であれば迷うのも当然です。


受験、就職、転職、恋愛、結婚、離婚、病気・・・


他にも人生で大きな決断を迫られる場面はいくらでもあります。


「大切なことほど自分で決める」という人もいるでしょう。


あるいは「必ず誰かに相談する」「誰かに決めてもらう」という人もいると思います。


例え決めるのが誰であれ、自分の人生を他人に生きてもらうことは出来ないのですから、相談するしないは別として、最終的には自分の責任と覚悟を持って自分で決めるのが望ましいのは間違いありません。


しかし、それができる人ばかりではないですよね。


「自分で決めるしかないと思っていても、どうしても自分では決められない」



むしろそんな人の方が多いかも知れません。


自分の事を自分で決めるということは、自分自身に対する信頼がなければできないことです。


そして、そんな人たちは自分以外の信頼できる誰かに、人生の大切な決め事を相談することもあるでしょう。


カウンセラーはその信頼できる誰かにならなければいけないし、いつまでもなれなければいずれは淘汰されてしまう存在なのです。


どうしたら「信頼できるカウンセラー」になれるのか?


どうやって「信頼できるカウンセラー」であることを知ってもらうのか?


そう考えると、ホームページやブログ、メルマガ、その他のSNSで、自身が信頼に値するカウンセラーであることを発信することの重要性がわかります。
※なかでもメルマガはとても効果的な情報発信の手段だと思います。


また、自ら講座やセミナーを開くことで、自分という人間を直接知ってもらうことも大切でしょう。


ただ、いずれの場合もカウンセラー自身が信頼に値するだけの人物で在るという前提でなければ、SNSもセミナー開催もあまり意味を持ちません。


カウンセラーとして信頼されるということは、非常に高いハードルだと思います。


読まれないブログ、人が集まらないセミナー・・・


足りないのは情報発信のスキルだけなのか?


それとも自身がカウンセラーとして信頼に値するだけの人間でないからなのか?



考えてみれば、プロのカウンセラーというのは、本当に誤魔化しが効かない、その能力と人間性を直接的に評価される、恐ろしいほど厳しい職業なのですね。


ある意味こうしてブログを書くだけの私は気楽な身分ですが、実際にカウンセラーとして活動されている方々は、その厳しさの中に身を置いていると思うと・・・


「カウンセラーはいばらの道」



今更ながら、本当に重い言葉です。



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posted by おやじカウンセラー at 23:35 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

「なんで?」ってすぐに聞く人

今日は午後からお休みをもらって、いろいろと用事を済ませてきました。


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〜自転車に乗って遊んだわけではなくただのイメージ画像です。〜


どうやら少々疲れ気味のようなので、風邪などひかないように気をつけなくては。


明日も遊びは控えて、なるべく大人しくしているつもりです。



ではさっそく今日の記事。


すぐに「なんで?」って聞く人、たまにいますよね。


子供はけっこう「なんで?」「どうして?」などと親を質問攻めにしますが、大人でも「なんで?」が口癖の人がいます。


本人は無意識に言っちゃうんでしょうが、「なんで?」と聞かれた相手はだいたい困ります。


なぜならそうした場合の「なんで?」は単なる疑問や問いかけではない場合が多いから。


「えっなんでそうなるの?私の考えと違うけど!」


「その意見に私は納得がいかない!」



状況にもよりますが、少なくとも言われた相手にはこのように感じられるのですね。


つまりこの場合の「なんで?」は、相手を否定する「なんで?」なのです。


一般の人に言われるのならともかく、まがりなりにもカウンセリングを学んでいる人からそんな言葉を聞くと、正直かなりがっかりします。


人と話していて、相手の意見や考えが自分とは違うと感じることはいくらでもあります。


それに対して疑問を感じたにせよ、或いは「この人の考え間違ってる!私が正しいことを教えてあげないと!」と思ったにせよ、すぐに「なんで?」と返すのはあまりに稚拙な態度としか思えません。


しかもそういう人は、根が正直というか単純というか、言葉だけでなく態度や表情にも気持ちがそのまま表れていることが多く、否定的な「なんで?」は、ちょっと感受性の強い相手には必ず伝わってしまいます。


もうずいぶん前の事ですが、ある決め事について二人の方が意見のやり取りをしていて、相手から「なんで?」と言われた片方の人が、私にこう言ってきたことがあります。


「〇〇さんが顔をゆがめて「えーっなんで?!」と言ってきた。」



私はその場にはいなかったので、本当に顔をゆがめていたかどうかはわかりませんが、言われた相手は間違いなくそう感じたのでしょうね。


私は人と会話する際に、言葉だけでなく態度や雰囲気を意識して表す場合もありますし、あまり表さない場合やときには自分の気持ちとは逆の態度を表すこともあります。


特に仕事などでは、立場の違いで意見が合わないことなど日常茶飯事なので、当然のように必要に応じて反論したり自分の意見をはっきりと言わなければいけないことがありますが、相手の意見と相反していればいるほど、とりあえずはじっくりと聴く態度と姿勢を表に出すようにしています。


これは別にカウンセリングを意識しているわけでも何でもなく、経験上そのほうが自分の意見が通りやすかったり、相手との妥協点を見い出しやすかったりして、最終的には話し合いが上手くいくことが多いと知っているからです。


まあ私に限らず世の男性(もちろん女性も)のほとんどは、仕事の場でいちいち正直に自分の気持ちを出していたら、とても社会人として上手くやっていけませんからねー(^^;


相手の意見に納得がいかない時ほど「なんで?」ではなく「なるほどね〜」と笑顔で応えましょう。


ほら、あのフーテンの寅さんも歌っているじゃあないですか。


『男というもの辛いもの、顔で笑って腹で泣く🎵』ってね。


やっぱり何事も急がば回れということです。


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posted by おやじカウンセラー at 01:16 | 愛知 ☁ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

今年を振り返って「竹の子会のこと」など

寒くなったねー


ここんとこホント寒くなりました。


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こんな時はあったかいお汁粉なんかいいなあ・・・(^-^)


さて、今年ももうあと僅かです。


風邪をひいたりして体調を壊さないように、無事に新年を迎えたいものですが、そろそろ来年のことも考えないといけません。


その前に今年を振り返ってみると、年明け早々に◎の手術で入院するという出来事がありました。


ただ、その後の経過は至って順調で、入院と退院後の療養が良い休養になったこともあり、今年一年はまずまず健康に過ごせたと思います。


もともとの持病である生活習慣病の数値も、最近はずっと標準値で落ち着いていますが、これは休日にサイクリングやウォーキングなどを積極的にやったおかげかも知れません。


やはり今年は家族も含めて大きな病気やケガ、トラブルがなかったのが本当になによりでした。


あらためて健康が一番だと実感した年でもありました。


では仕事に関してはというと・・・


これはもう、なかなか大変な一年でした。


仕事のことはあまり詳しくは書けない(書きたくない)のですが、簡単に言うと、これまでよりもさらに責任が重くなり、それに伴ってやらないといけないこともどんどん増えた年になりました。


まあ、それが結果的に自分自身の成長につながると考えれば、だらだらと仕事をするよりずっと良かったと言えるかも知れません。


そして来年以降も、こうした状況は続いていくことになります。


カウンセリングに関しては、やはり10年近く関わってきた竹の子会を、今年の春で卒業したことが最も大きな出来事でした。


卒業といえば聞こえがいいのですが、もちろんそんな制度があるはずもなく、自己都合で会の活動から離れたということになります。


当時は会を辞める理由をいろんな人に聞かれる度に、なんとなくそれなりの言い訳を話していました。


実ははっきり言って、辞める理由が自分でもよくわからなかったから。


今振り返ってみると、おそらく少し前からもうそろそろ潮時だと感じていたのだと思います。


なぜそう思ったのかは自分でもよくわからない部分もあるのですが、数年前に副会長から会長になった時点で会の活動自体が自分にとって責務になってしまい、本心から楽しめなくなったからかも知れません。


あるいは活動自体の将来がイメージできなくなったこともあると思います。


他にもいろいろ感じていたり、予想していたこともありますし。


なんだかはっきりしないことばかりですみません。


やっぱり今でも辞めた理由はよくわからないというのが正解なのです。


それでも言えるのは、もしあのまま会長を続けていたとしたら、おそらく私はもっと自分の考えを強力に押し出して、ある意味でワンマンになっていったんじゃないかと思います。


私がそうしたいというより、誰かがそうしないといけなくなってきていると思い始めていましたから。


しかし、それは私にとってやりたくないことですし、きっと上手くはいかなかったと思うので、結果的にあのタイミングで卒業したのは、私にとってはよかったし、必然だったのだと思っています。


ボランティア団体であれ営利目的の企業であれ、他人の集まりである組織を続けて行くというのは難しいものです。


みんな平等に、みんな仲良く、みんなで相談して、などというのは聞こえはいいのですが、それだけで上手くいくことなどありません。


やはりそこにはしっかりと組織をまとめるリーダーがいたり、求心力となるものの存在が必要なのだと思います。


そうか・・・今わかりました。


私が会を辞めた理由は簡単なことでした。


私はリーダーには向いていなかった。


それが理由です。


仕事であればたとえ向いていなくても限界ぎりぎりまで頑張るしかありませんが、自主的な活動の場ではそこまで頑張れなかったということです。


つくづくリーダーを続けるのは難しいことだと思います。


竹の子会との出会いは、私がカウンセリングを学ぶきっかけであり、また成長させてくれた場でもありました。


そして何より会の活動は本当に楽しかった。


会の活動を通して、素晴らしい先生や多くの仲間と出会うことも出来ました。


私はもちろん、他の卒業生にとっても竹の子会は母校のようなものだと思います。


来年の2月には定例の「傾聴トレーニング」が行われるようですが、私もぜひ参加したいと思っています。


好き勝手なことばかり書きましたが、私にとっての潮時を経て、今後も自分なりの道を進みたいと思います。



潮時とは


「物事を始めたり終えたりするのに、前向きな意味で【ちょうどよい頃合い】のこと。」





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posted by おやじカウンセラー at 01:17 | 愛知 ☀ | Comment(2) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする