2016年12月15日

「幸せの種」と「不幸の種」

本当にごめんなさい🙇


とりあえず先に謝っておく。


なぜなら、年内は毎日ブログを更新すると宣言したのに、その舌の根も乾かぬうちに昨日は更新しなかったから。


でもね、そういうこともあるよ。


相田みつをさんも言ってるでしょ


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ほらねヽ(^o^)丿


でもいちおう気にしているので、今夜はお詫びに二つの記事を書くつもり。


でさっそく一本目の記事です。


「幸せとは見つけるものではなく、感じるもの、気づくもの」という言葉を聞いたり見たりしたことがあるかと思います。


たしかに「幸せ」とは状態ではなく、その人自身が「幸せだと感じる」かどうかなのでしょう。


しかし、そうは言っても感じようとして感じられるものでもありません。


反対に「不幸」を感じるのは容易いです。


自分の不幸を語らせると饒舌になる人は少なくないです。


また、こんなことを言う人もいます。


お金があっても幸せとは言えない。


結婚していても幸せとは限らない。


社会的地位があっても幸せとは思えない。


身体が健康でも幸せは感じられない。


なんとなく「なるほどね」とも思いますが、それが事実なら、お金も無い、結婚もしていない、社会的な地位もない、身体も不健康、なんて人はどう考えても幸せになんてなれっこありません。


幸せを感じにくい人は、まずは「不幸の種」を減らすことから始めた方がいいかも知れません。


ある程度は本人の努力で何とかなることも少なくないのです。


お金がなければ頑張って稼ぐ。


結婚したければ一生懸命に相手を見つける努力をする。


健康になりたければ自己管理を徹底し、病気の治療をする。


しかしそれでも何ともならないこともあります。


生まれた時から、そしてその後の人生において、本人の努力や頑張りだけではどうにもならないことがあるからです。


ここまでくるともう「ないものねだり」をしていても何も始まりませんから、自分の持っているもの、あるがままの自分で幸せになるしかありません。


「不幸の種」を持っていたら絶対に幸せになんてなれない。


いつまでもそう思っていたら、この世の中で1人も幸せな人などいないでしょう。


自分が「不幸の種」を持っていることばかり気にしていて「幸せの種」もちゃんと持っていることに気づいていない人は、なかなか幸せを感じられないんだと思うよ。




ちょっとベタだけど、「幸せ」といえばやっぱりこれでしょ(^O^)/



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posted by おやじカウンセラー at 22:59 | 愛知 ☀ | Comment(2) | おやじのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今日のブログ、今僕が1番興味あるテーマです。幸せの定義って難しいですね。結婚してるからって、仕事がうまくいってるからって幸せとは限らないですね。おやじカウンセラーさんの言われるように幸せは感じるものですから。だから幸せになるためには小さなことから感謝できるようになればいいかなって思います。あと、心に余裕持つことかな。
個人的な意見ですが。
Posted by キング?カズ at 2016年12月16日 23:35
キング?カズさんが言わるように、「小さなことから感謝・・・」というのは全くその通りですね。それが自然に出来ると、普段の生活が案外幸せなのだと感じられると思います。
Posted by おやじカウンセラー at 2016年12月19日 18:58
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