2016年10月31日

過労死・なぜ人は死ぬほど働くのか?


秋の夕暮れは全ての終焉を感じさせる恐ろしさがあります。


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人のDNAに摺り込まれた深い闇への恐怖を想像させるからでしょうか・・・



さて、電通で働くまだ若くてこれから花も実もある若い女性が、働き過ぎて(働かされ過ぎて)自死した件です。


死ぬくらいなら会社を辞めればいいのに


と多くの人が思うでしょう。


確かにその通りです。


ほとんどの場合、仕事よりも命のほうが大切に決まっています。


仕事は生きるための、そして幸せになるための手段であって、仕事そのものが生きる目的ではありません。


そんなことは誰もがわかっていることです。


でも、本当はよくわかっていないのかも知れません。



仕事以外での信頼できる仲間とのつながり


仕事以外での自分を表現する手段と場所


仕事以外での喜びや満足感が得られること


仕事以外での自分自身を成長させるもの


そうしたものをあなたは持っていますか?



もし、仕事をしている自分があなたの全てだとしたら、その仕事を失うことに耐えられるでしょうか?


あなたの仕事が誰からも評価されず、価値がないと言われても、あなたは何とか認めてもらおうと、必死になって仕事をやり続けるでしょう。



仕事との向き合い方はとても難しいものです。


特に組織に雇用されている立場であれば、仕事なんてほどほどでいいと言ってくれる企業はありません。


結果を出しても出さなくても、もっと頑張れと言われることに違いはありません。


それがよい悪いではなく、営利を求める企業はそういうものなのです。



どこかの大学教授が今回の過労死事件について、自己責任という言葉を使っていました。


私はそれは間違いだと思います。


やはり過労死について企業はそうならないように、そうさせないように責任を持つべきです。


しかしもっと重要なのは、働く側の自己防衛の意識です。


死んでしまってから、誰が悪い何が悪いといっても仕方がありません。


仕事を失うことへの不安、お金を稼げなくなることへの不安、社会から落ちこぼれることへの不安、自分の経歴に傷がつくことへの不安、自分自身の自尊心が傷つけられることへの不安・・・


そして何よりも、仕事を取り上げられたら自分に何が残るのかという恐怖。



そうした不安を乗り越えて生き抜くためには、仕事以外に自分の居場所をつくっておく必要があります。


仕事にすべてのエネルギーを費やしてしまうのではなく、ほんの少しづつでも時間やお金や労力を自分の居場所づくりのために使うことが大切です。


もっと仕事をしろと言ってくれる人はいるでしょうが、もっと遊べ、もっと仲間をつくれ、もっとボランティア活動をしろと言う人はなかなかいません。


誰も言ってくれないからこそ、意識して自分で始めるのです。



自分の人生は自分でデザインするしかないのです。



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夕日が沈まぬ日がないように、太陽が昇らない朝もないのです。


深い闇の中で怯えているのは、周りが漆黒の闇につつまれているから?


それともあなたがじっと目を閉じているからですか・・・




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posted by おやじカウンセラー at 00:33 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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