2015年08月14日

「心屋流」オープンカウンセリングに参加しました

今回はけっこう長い記事です(^.^)


昨日の午前中、名古屋で開催されたオープンカウンセリングに参加してきました。

これは心屋仁之助さんの「心屋塾マスターコース(心屋流 カウンセリングスクール)」卒業生の奉仕活動(ボランティア)という位置づけで、全国各地で行われているようです。ちなみに無料ですが、お気持ち金として参加者の判断でいくらかの金額を渡し「東日本大震災」の義援金として全額寄付されることになっています。私もささやかな金額ですが協力させていただきました。

心屋流カウンセリングを知る良い機会だと思い、今回の参加に至りましたが、できるだけ先入観を持たずに素直な気持ちで体験しようと心がけました。

以下、思いつくまま、感じたままをいろいろと書いてみます。決して単純に良し悪しの判断や、評価を下すようには書きたくないのですが、ごまかしや嘘も書かないようにしたいと思います。

約2時間のオープンカウンセリングで、参加者は12名(3名ドタキャン?で実際は9名)、カウンセラーの女性は、今回が初めての講師デビューだったそうですが、とても明るくお綺麗な女性でした(^.^)

簡単な挨拶の後、全体の流れ、守秘義務についてもきちんと説明がありました。参加者の自己紹介などは無く、カウンセリング希望者が手を挙げて、すぐにセッションが始まりました。

カウンセラーの方は、とてもしっかりクライエントの話を聞いている感じを受けました。初めての講師体験ということですが、非常に落ち着いていて慣れている印象です。ただ話の聴き方としては、受容、共感が目的というより、しっかり情報収集をするためといった感じです。質問も具体的で積極的にされていました。

しばらく話を聴いていた後、徐々にカウンセラーの積極的なアプローチが始まります。クライエントに対し、誰かに(例えば親、兄弟、自分、その他)語りかけるように促すのですが、その言葉はすべて、カウンセラーが言った言葉を復唱させます。例えば「お母さんになんて言いたい?」というのではなく、「お母さん、〇〇して欲しかった・・・」って言ってみて、というようにです。このあたりは、私が以前に体験したゲシュタルトセラピーとは少し違います。

私のゲシュタルトセラピー体験記はこちらでお読みください⇒岡田法悦さんのゲシュタルト・セラピー体験記

語りかける言葉の内容をクライエント自身が考えるのか、カウンセラーが与えた言葉を言うのかは、クライエントの自己洞察を深めるという意味では大きな違いがあると思うのですが、心屋流というのは、やはりカウンセラーが主体的に場をつくる(コントロールする)もの、という感じを受けました。そしてインナーチャイルド(幼い頃満たされなかった消化不全の感情)への働きかけを主眼に置いているからか、親(特に母親)に対する言葉がけにこだわり、ややパターン化されているように感じ、若干違和感を感じた部分ではありました。

この言葉がけを促すアプローチが始まると、それがしばらく続きます。言葉がけのあと、言ってみてどんな気持ちかを問いますが、その答えを受けて、また言葉がけの対象と内容を変えて(母親から今度は自分自身にとか)さらにカウンセリングが続きます。

ここでひとつ気になったことがあります。言葉がけの後のクライエントの感想で「あまりしっくりこなかった」とか「言った言葉を自分では受け入れたくない」などの否定的な答えが返ってきたことがありました。その場合の対応は非常に難しいところだと思います。

はっきり言うと、カウンセラーに対する「NO」に対して、本来は「NO」の気持ちを受け入れつつ、違うアプローチをしたり「NO」に対するクライエント自身の自己洞察を促すチャンスだと思うのですが、今回のカウンセラーの方は、そのあたりで少々戸惑いがあったように感じました。それがカウンセラーの表情や態度に出てしまっていたように思います。私にはカウンセラーの方の集中力が、やや途切れていたようにも感じました。連続して3名のカウンセリングを続けて行うのは、少し無理がある気がします。

ただこれは「心屋流」だとか「来談者中心療法」だとかに関わらず、カウンセラーの経験と力量による差だと思います。クライエントの「抵抗や「転移」、さらにカウンセラーの「逆転移」についての理解と、現場においてどのように対応するかは、勉強と経験の両方を積むしかないのでしょうね。

ただ個人的な主観として、心屋流を学ぶ方は、頭の回転が速く話術に長けた人、その自信がある人が、多いんじゃないかと思います。積極的なアプローチはスピードと言葉の選択が命ですから。逆に落ち着いてゆっくりとクライエントに寄り添うのは、苦手だったり、あまりそういうことは学びの中で重視されないのかも知れません。

さて、ここからクライエント側からの「心屋流カウンセリング」はどうなのか?を書いてみます。今回は私自身はクライエント体験をしていないので、あくまで印象としての感想になります。思い込みの部分もあるかと思います。

仮に同じようなレベル(単純には比べ難いですが)の、傾聴主体のカウンセラー心屋流のカウンセラーであれば、カウンセリングを受けたクライエントの満足感、充実感は、おそらく心屋流の方がずっと高いと思います。長期的にカウンセリングを受けた場合はともかく、短期間である程度の満足感が得られないと、通い続けないという現実があるわけですから、そこは心屋流の優位性だと思います。

傾聴主体のカウンセリングでは、基本的に「クライエント自身の気づきを待つ」ことが原則ですが、心屋流では、積極的に「クライエントに気づかせる」ためのアプローチをします。どこまで深い気づきを得るか、クライエントの行動変容につながるか、は別として(本当はこれが大切なのですが)、わざわざお金を払ってカウンセリングを受けるのですから、クライエントの満足感はとても大切です。

「心屋流カウンセリング」は、非常にスピーディーで直接的なアプローチが特徴です。そのため効果が早く、はっきりと実感しやすいのが特徴です、反面、あまりに直接的なアプローチは、心の弱っている人、問題の根が深い人には向いていないと思います。最も懸念するのは、「心屋流」が、全てに効果的なカウンセリング手法であるとか、心屋流で良くならないのはクライエント側に問題がある、という方向になっていないかということです。この部分は「心屋流」のセミナーやスクールでは、どう捉えてどう教えているか、知りたいところです。

また先ほど、短期でのクライエントの満足感は、心屋流の方が高いと書きましたが、これはカウンセラーにとっても同様だと思います。つまりセンスが良い人、話術に長けた人は、カウンセラーとしての経験や勉強が浅くても、クライエントの変容(例えその場だけだとしても)に関われた感覚が得やすいはずです。もっとはっきり言えば「自分がクライエントを良い方向に変えた」と実感できるはずです。傾聴主体のカウンセラーが、なかなか自身のカウンセリングについて、手ごたえを感じられないのとは非常に対照的です。

これについては、良いとも悪いとも言いませんが、カウンセリングはカウンセラーが満足感を得るためや、カウンセラーが楽しい気分になるためにやるものではない、やってはいけない、というのが私の考えです。流派とかには関係なく、全てのカウンセラーが肝に銘じておいて欲しいとても大切なことです。

しかし、こんなことも思いました。心屋仁之助さんというひとりのカウンセラーが、これだけ世間の注目を受け、またその「心屋流カウンセリング」を学ぶために、決して安くはないお金を払ってスクールに入り、さらにそのお弟子さん達が、こうして積極的に活動をしているわけです。

その反面、臨床心理士会や産業カウンセラー協会、あるいはそれ以外のカウンセリング関連団体は、はるかに長い歴史で、カウンセリングの普及とカウンセラーの養成に努め、多くの心理カウンセラーを世に輩出していながら、いったい世間一般のどれだけの人が、カウンセリングを正しく知り、それを受けてみようと考え、実際に受けているのか・・・?甚だ疑問です。

古くから活動しているカウンセリング団体は、自らが正しいカウンセリングの普及と、心理士の養成を続けてきたという自負があるのであれば、もっともっとカウンセリングが、メジャーで一般的になるような活動に力を入れるべきです。

最後に、カウンセラーが他の団体や流派、あるいは他のカウンセラーを批判することは簡単ですが、クライエントにとってみればどうでもいいことです。現実に、さまざまな悩みに囚われ、苦しみ、辛い思いで生きている多くの人たちにとって、〇〇流であろうが、〇〇心理士の肩書であろうが、関係のないことです。心の悩みを抱えて苦しむ人たちが、一人でも多く、正しいカウンセリングを受けられるような、それが幸せな生き方につながるような、そんな世の中になって欲しいと思います。

プロのカウンセラーではない私が偉そうなことを書いてしまいましたが、会長を務めている「ボランティア団体・竹の子会」の活動を通じて、少しでも多くの方が、カウンセリングを正しく理解し、その普及の手助けになれるよう、今後とも頑張りたいと思います。

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posted by おやじカウンセラー at 16:03 | 愛知 ☀ | Comment(4) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素晴らしい貴重な体験談をありがとうございます。
大変に勉強になります。
私は、「クライアントを害さない」を第一にカウンセリングしています。そこが心屋流ともっとも違うところだと思います。
Posted by 竹内成彦 at 2015年08月14日 21:03
竹内先生、さっそくコメントを頂きありがとうございます<(_ _)>
ブログには書ききれなかったこと、あえて書かなかったことなどもあります。
また機会があればお話しさせて下さい(^.^)
Posted by おやじカウンセラー at 2015年08月14日 22:00
僕は心屋さんのカウンセリングを受けたことがないし、実際のやり方はわかりませんが、著書を何冊も読んだことはあります。自己啓発書という点では全部理解できませんが、勇気づけられることはあります。心屋さんのもとに人が集まるのは彼自身のカリスマ性もあります。
僕は長年学んできたということもありますが、「来談者中心療法」が地道であっても、クライエント自身が考えるという点でも効果があり、安全であると思います。
カウンセリングって何が正しいというのはないと思います。どんなやり方でも、相手に合ったやり方で、目の前の人を大事にして、誠実にやることが大事だと思ってます。
Posted by キング?カズ at 2015年08月15日 14:27
キング?カズさん、コメントありがとうございます。お盆はいかがお過ごしですか?
「安全」ということはとても大切ですね。竹内先生が言われる「クライアントを害さない」も同じ理由だと思います。
全てのクライエントに対して万能な療法や、万能なカウンセラーはいないと思います。
カウンセラーは自分にできることとできないことの見極めを、しっかり意識しなければいけないと思います。
Posted by おやじカウンセラー at 2015年08月15日 19:50
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