2011年12月04日

五十にして天命を知る?

最近、迷う事が少なくなった。

もちろん、若いころに比べると、という意味で。

それくらい、昔は迷っていたということ。


仕事に迷い、恋愛に迷い、将来に迷い、人生に迷い・・・

今思えば、もう、毎日々迷うために生きていたんじゃないかってほど、迷いまくりの生活だった。


有名な、孔子の「論語」の言葉を引用してみみると、


子曰く、

吾れ十有五にして学に志ざす。

三十にして立つ。

四十にして惑わず。

五十にして天命を知る。

六十にして耳従う。

七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず



となるわけで、五十過ぎの私は、まさに天命を知る歳なのです。

なるほど、さすがに孔子さんは良いこと言うなぁ・・・

と思いつつ、そんな立派なものじゃない気もする。


最近、迷うことが少なくなったのは、単に選択肢が狭まってきただけじゃないの?

どうもそんな気がする。



若い頃は、もしかしたら、あれもこれも出来るんじゃないか?っていう、自分に対する期待があった。


もっと自分にぴったりで、お金がたくさん稼げて、人から羨まれる仕事があるんじゃないか?

すごく可愛くて美人で頭が良くて、みんなが羨ましがる彼女が出来るんじゃないか?

人生って、やりようによっては、悩みもなく、いつもいつも幸せに生きられるんじゃないだろうか?


今思えば、

若いっていいなぁ・・・(^.^)

でも、バカだったなぁ・・・(^。^)y-.。o○

と思うのだけど、あの頃は真剣にそんなことを考えていたのだ。


今、私の長男が18歳。

当時の私と比べると、ず〜っと能天気に暮らしているようだけど、

それでもあれこれ悩んで、あれこれ迷っているようだ。


そんな息子に、親として、人生の先輩として、偉そうに語ることがあるのだけれど、

「 お前がそんな偉そうに言えた義理か? 」って思う自分がいるのも確か。


結局、人生の模範解答なんてないわけだし、みんなそれぞれ違う人生を送るしかないわけなので、

まあ、あんまりバカな失敗をして、人生を棒に振らないように見守るくらいしか、親のしてやれることはないのだ。


俺は絶対、すごく可愛い女の子としか付き合わない


そう言い切る息子を見て、


ふ〜ん、おれも昔はそう思ってたんだよ(=_=)

それで選んだのが、お前の隣でテレビ見て笑ってる、小太りのおばさんだよ〜(-。-)y-゜゜゜


と言いたかったけど、言わなかった。


だって、若い時くらい、たとえ勘違いでも、いい夢を見させてやりたいからねぇ(^.^)


オレもまだまだ夢を見ないといけないなぁ・・・

なんといっても、ブログのタイトルが、おやじカウンセラーの夢ゆめ日記だからね。


おあとがよろしいようで<(_ _)>

にほんブログ村
posted by おやじカウンセラー at 07:42 | 愛知 ☁ | Comment(0) | 日々の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。