2010年01月07日

『幸福論』を読んで

お正月にお年玉で1冊の本を頂きました_(._.)_
精神科医の春日武彦さんが書かれた『幸福論』という本です。


幸福論 ―精神科医の見た心のバランス (講談社現代新書)

幸福論 ―精神科医の見た心のバランス (講談社現代新書)

  • 作者: 春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/10/19
  • メディア: 新書



私は「幸福論」の類いをそれほど多く読んでいるわけではありません。
ですからあまり偉そうなことは言えないのですが、その手の本にはだいたい「日々の生活に感謝する」とか「身の丈にあった生き方をする」とか…そんな感じのことが書かれていて、たしかにそれなりに納得はするのですが、実際にそういった生き方が出来るかというと、それがなかなか難しいのが現実なのです。

若い頃は、いつかは「悟りの境地」のような心境になって、日々心穏やかに静かに幸せを噛みしめながら生きてゆけるのだろうか…、などと考えた時期もあったのですが、すでに半世紀近くも生きてきて、どうやらこの調子では一生「悟りの境地」など到達できそうにもないと、逆に「悟った」ような次第なのです。

そこで春日武彦さんの『幸福論』なのですが、これがなかなか面白い(^。^)y-.。o○
ではどう面白いのかと問われると、ちょっと答えに窮してしまうのだが、一言で言えば「独特」なのである。

「幸福」と「不幸」の考え方にしても、必ずしも対極に位置すると捉えるわけではなく、例えば「ひきこもり」の青年とその親を例にとって「不幸の中の幸福」という言い方をしている。
つまり「ひきこもり」が本人も親にも不幸な状態であることは間違いないのだが、それを解消するために、或いは解消後に直面する現実(つまりこれまでの生き方の否定とこれからの生き方の変化を要求されること)の厳しさを考えると、不幸であるはずの「ひきこもり」も当人たちにとっては一種の安息状態(意識しているわけではないにしろ)だというのである。

作者が精神科医として接する多くの人たちに共通して言えることは「変化を嫌う」事だとも書いている。
確かに自分自身を省みて考えると思い当たることも多いのだ。

仕事以外にカウンセリングを学んでみたり、ボランティア活動に首を突っ込んでみたり、ブログを書いてみたり、その合間に自転車だの山歩きだのと、一見前向きな「人生」を歩んでいるかに見えるのだが、肝心のところでは今一歩が踏み出せていないのだ。
「今年こそカウンセラーとして臨床経験を積みたい」と口では言うものの、現実には自分で行動に移せないのは、相応のリスクがあることだけが理由でないことは(それほどリスクを負わずに活動することだってできるのだし…)自分でも薄々気がついていることなのだ。

つまり「怖い」のが本当の理由なのだろう。

ではなにが「怖い」のか…
簡単に言えば「今の生活が変わること」が「怖い」しもっと分かりやすく言えば「面倒」なのである。

ついつい自分のことに話が移ってしまったが、この本を読んで感じたことは他にもいろいろある。
ただその全てを書くことは無理なので、興味がある人は一度読んでもらいたい。
決して万人受けする分かりやすい本ではない(といっても難しいことが書いてあるわけではありません)かも知れないが、読んでいてなんとも不思議な面白さを感じた本でした。

最後に私なりの「幸福」について、一言書いて終わりにしたいと思います。
私の思う「幸福」とは、「あぁ、今思えばあの頃は幸せだったなぁ…」という気持ちを、過ぎ去った過去にではなく体験しているその時々に感じられること、それが「幸福に生きる」という事ではないかと感じます。

年の初めに読む本として『幸福論』をいただいたことは、とても嬉しく感じたおやじカウンセラーでした(^u^)

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posted by おやじカウンセラー at 23:39 | 🌁 | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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