2009年12月05日

「障害者」表現変えます 

12月3日のニュースです。

「≪障害者≫という言葉にマイナスのイメージがあるとして、大阪府吹田市が市の文書などに新しい言葉を使う方針を打ち出し、波紋が広がっている。」

実際に吹田市では≪障害者≫に代わる、新しい名称を公募しているそうですが、障害者福祉の関連団体や有識者などから、この提案に対して賛否両論の意見が寄せられているそうです。

確かに最近では、各都道府県や地方自治体によっては「害」の文字をひらがなの「がい」に置き換えて≪障がい者≫と表現しているところも多く、少しでもマイナスのイメージを変えようという動きがあるようです。

しかし、かつて≪精神分裂病≫が、その差別や偏見を解消する目的で≪統合失調症≫へと名称変更をした経緯がありますが、結果的に効果があったかというとはなはだ疑問だと言わざるを得ないのです。
確かにこういう話題が取り上げられることにより、障害者問題を考えるきっかけにはなると思うのですが、行政が取り組むべきことはもっと他にあるような気がするのです。

今から2年ほど前のことになりますが、精神障害者の社会復帰支援施設でボランティア活動をしていた時期がありました。
ちなみに≪障害者≫とは『身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者』と定義されています。

当時の私は月に1〜2度その施設に出向き、当事者(精神障害者)や職員の方たちと一緒に、食事会に参加させていただいていました。
自分たちでレシピを考え、決められた予算内で買い物に行き、調理をして一緒に昼食を食べるのです。
チーズフォンデュやカツカレー、ちらし寿司などいろんな料理を作って食べました。
料理好きの私にはとても面白く、ボランティアというより、ただ楽しく美味しいものを食べに通っていたようなものでした。

ある時「こんなことがボランティアとして、当事者の援助になっているのでしょうか…?」という疑問を、そこの施設長さんに聞いてみたことがあります。

私の問いかけに、施設長さんはこのように答えてくれました。

《何かをしてあげる事》」だけがボランティアではなく《してもらう事》も立派なボランティアなのですよ」
さらに、
「当事者の方達は、一般の人よりもうんと限られた人間関係の中で生活している方が多いのです。障害を理解したうえで、あたり前に接してもらうことが彼(彼女)らにとって、必要なことなのです」

障害者支援といっても行政が行うような援助ばかりでなく、個人としての援助の仕方があるという事を教えてもらったように思います。

行政とは、本来は人間よって運営されているものですが、組織として活動を始めたとたん、その姿が見えなくなってくる場合が少なくありません。
企業や学校といった組織も同じです。

障害者支援の根本は「同じ血の通う人間として接する姿勢」にあるのだと私は理解しています。
そしてそれは、障害者に限らず同じ社会で暮らす全ての人達に言える事だと思います。
我々にとって生き辛い社会が、障害者にとって生きやすいわけではないのですから。

「楽しんでこそボランティアですよ」

施設長さんに言われた言葉を思い出し、また食事会に参加したいと思っている、おやじカウンセラーでした。
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posted by おやじカウンセラー at 07:19 | 🌁 | Comment(1) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
精神分裂病という病名は、当事者の方々が嫌だと言うことでしたので、変わった意味はそれなりにありますね。知的障がい者の呼び方も、12年頃前までは
精神薄弱者と呼ばれていました。先日の講義で知ったのですが…最初は「障碍者」と付けようとされたそうですが、碍の字が、当用漢字に無かったので害の字になったそうです。その先生は碍の字を使って見えました。この字は石に躓くと言う意味で、躓いてもまた立ち上がれ良いと補足されていました。脳や身体に障碍のある方々と長年関わっていますが、心は綺麗ですよ。健常者のほうが、心が汚れちゃってる方が多いですわ〜。ボランティア楽しんでください。
Posted by まゆこ at 2009年12月06日 21:13
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