2020年05月24日
おやじの四方山話・バカについて
先日、河原で本を読んでいたら、
アウトドアチェアの脚がぐにゃりと曲がってしまった。
長男からの借りものなので代わりの新品を購入した。
アウトドアチェア 折りたたみ 超軽量【耐荷重150kg】コンパクト イス 椅子 収納袋付属 お釣り 登山 携帯便利 キャンプ椅子 (ピンク D)
曲がったヤツは捨てるつもりだったが
パイプカッターで足を短く切って再利用。
SK11(エスケー11) ラチェット式パイプカッター PCR-35 切断能力 12~35mm
面倒だがこういうDIYは嫌いじゃないのだ。
さっそくバイクに積み込んで軽く走りに出かける。
最近は「アウトドア読書」にハマっているのだ。
サブタイトルに『オートバイの魅力・野宿の楽しみ』とある。
自由に至る旅 ―オートバイの魅力・野宿の愉しみ (集英社新書) - 花村 萬月
今の私の趣味、嗜好に合っていて面白く読む。
オートバイも野宿も、その根底には自由がある。
基本、自由は独りで求めるものだ。
独りでなければ得られないとも思う。
人はどこまでいっても主観でしかモノをとらえられない。
自分の主観と他人の主観は違うのだとわかっているから、
できるだけ客観的にモノを考えようと意識できるのだ。
それがわかっていない人は、
知らず知らずに自分の主観を押しつけようとする。
ある意味で純粋な人なのだろうけど、
純粋と単純とバカは同義語なのだ。
私はバカだ。
バカなので足も大きい。
しかし私は自分がバカだとわかっているバカ。
怠惰で狡くて自分に甘くて自信がなくて、そして偏っている。
そんな自分がバカだというのは謙遜ではなく自覚があります。
なので、せめて思いあがった言動はしないように、
他人に自分の正義を押しつけるようなことはしないように、
常々そう心がけて生きている。
でもね、気がつくと自分がバカだということを忘れて、
ついエラそうにしたくなる、言いたくなる。
そしてそんな自分が嫌になって独りになる。
今日もナビを頼りに、独りでどこかへ行こう。
2020年05月23日
すべてはコロナのせいなのか?
久々の山歩き。
くらがり渓谷から本宮山への林道コース。
緩やかだけどずっと登り道なのだ。
渓流に沿って歩くのは気持ちがよい。
デカい岩から木が生えていた。
岩を割って根を張っている。
樹木の生命力は本当に凄いなあ。
2時間ほど登って頂上についた。
持参したおにぎりを食べる。
質素だけど子供の頃の遠足のようで楽しい。🎵
復路は下り道なのでぐんぐん歩く。
帰り道でも岩から生えた木の写真を撮る。
渓流の流れのど真ん中に岩があるのだ。
流れてきた?いや山から落ちてきたのだろうな。
いずれにせよずっと大昔のことだろう。
やっぱり凄い。
登り口についてカフェでのんびりお茶を飲む。
以前は古びた茶店だったのがお洒落なお店になっていた。
今年の2月上旬に大阪から和歌山に旅行した。
20数年ぶりの夫婦での旅行。
USJで遊びパンダを見て温泉でのんびりしたが♨
あの頃は今のような世の中になるなんて想像していなかったなあ。
あれから3ヶ月が過ぎた。
2月と比べて4Kg太った。
いや、5kgいってるかも。(笑)
これもコロナのせいなのか?
そうだ、きっとコロナのせいなのだ。
悪いことは全部コロナのせいにしておくに限る。
コロナが終息すれば私の体重も元に戻るだろう。
いや、以前より痩せるかもしれない。
うーん・・・
やっぱりコロナのせいじゃないかも知れないなあ・・・
2020年05月17日
無駄ばかりで効率の悪い人生を生きる
最近、井上靖の本を読みかえしている。
しろばんば (1965年) (新潮文庫) - 井上 靖
夏草冬濤 (上) (新潮文庫) - 靖, 井上
夏草冬濤 (下) (新潮文庫) - 靖, 井上
北の海(上) (新潮文庫) - 靖, 井上
北の海(下) (新潮文庫) - 靖, 井上
幼き日のこと・青春放浪 (新潮文庫) - 井上 靖
なぜか「北の海」は自宅の本棚に2冊あった。
井上靖がかつてノーベル文学賞の
有力候補だったことも最近知った。
今日は天気も良くツーリング日和だったので、
折り畳み椅子と文庫を持参してアウトドア読書を楽しんだ。🎵
安物チェアの脚がぐんにゃり曲がってしまったのはご愛嬌。
子供の頃から本好きで図書室に入り浸っていた。
本好きが高じて30代の10年間は本屋の雇われ店長だった。
もともとは文芸書ばかり読んでいたが、
40代半ばからカウンセリングの勉強を始めて、
実用書、ビジネス書、専門書を中心に読むようになる。
しかし、今あらためて思うのは
どうやら私はそうした類の本が身につかない質らしい。
どんな本でもするすると読むには読むが
そのままするする右から左に抜けてしまう。
解かったような気になるだけで実はわかっていない。
さらには理解できたとしてもそれが実践に繋がらず
結果的に何の役にも立たないで終わるのだ。
これは本の内容云々以前に私自身の問題が大きい。
きっと学ぶことが苦手で嫌いなのだろう。
ついでに言うと、効率的とか合理的とか能率的、
そういった言葉にもどこか抵抗感がある。
理屈じゃないよ人生は!
なんて開き直るわけではないが、
無駄だったり役に立ちそうになかったり、
非効率なことも大切なんじゃないか、なんて思いながら。
甚だ効率の悪い生き方をしている自分を慰めているのだ。
今日は初夏の気候だった。
そろそろ炭酸水の美味しい季節になってきたなあ。
2020年05月16日
嗚呼、心の友よ!
五月の清流は冷たい。
それでも潜らずにはいられないのはなぜなんだ!?
ブログのネタに使えるからか?
たぶんそう。
決して修行などではないよ。
ふと思い立って、スマホのアドレス帳を整理した。
以前は自分の携帯を仕事でも使っていたので、
「仕事取引先」のグループに100件近い登録があった。
これはほぼすべて削除。
次に「カウンセリング関係」グループ。
これもかつてボランティア団体の役員をしていたこともあり、
60件以上の登録があったが、気前よくサクサク削除。
名前を削除しながら思い浮かぶ顔もあって
ついつい当時を思い出してもの思いにふけりそうになるが
そこは心を鬼にして、バッサバッサ削除。
こういうのはモノの断捨離と同じで未練を残してはダメなのだ。
あとは「地域活動」グループがそこそこ多いが
次の地区役員が回ってくるのはずいぶん先なので
迷わずスッパスッパ削除。
ここまでくれば残りは知れている。
そこで「友人」グループを開いてみた。
少なっ、友達少なっ!!
齢60にして友人こんだけかい。
これじゃあ独りで川にも潜りたくなるわなあ・・・
なんてことを考えていたら妙に可笑しくて独りで笑う。
わざわざ削除するほどの件数でもないのでそのまま閉じる。
ここで一仕事終えた余韻に浸っていると
やっぱりなんか寂しい気がしてきた。
なんとなく「心の友」という言葉が浮かんだので
新しく「心の友」グループをつくってみた。
迷わず自分の名前を登録する。
そう、自分の心の友は自分なのだ!
今のところ自分独りだが、そのうち嫁もグループに入れてやろう。
なんてことを考えていたらまたまた可笑しくて
夜更けに独りで笑う・・・
明日は雨模様だが明後日は晴れそうだ。
心の友を誘って愛車カブ号で走りに行こう。
妙に嬉しくなってまたまた独りで笑う。
キモくてもいいのだ。
私には心の友がいるからね。
2020年05月15日
中年よネットを捨て外に出よう
私の自宅周辺は田園地帯なのでウォーキングにはもってこいだ。
整備された遊歩道もあり気持ちよく歩ける。
先日は少し長い距離を嫁と3時間半ほどかけて歩いた。
遊歩道の途中にミザクラ(🍒)の木があるのだ。
沢山のサクランボが実っている。
嫁情報では食べてる人がいたそうなので私も食べる。
粒は小さいがなかなか美味しい 🍒
ちゃんとサクランボの味がする。
近くに生えていた別のミザクラも食べてみたが、
こっちは不味かった。
同じように見えて種類が違うのか?
なんだかんだで30粒ほど食べてしまった。
最近は山歩きより近場のウォーキングを楽しんでいる。
整備された綺麗な花壇が続いていて気持ちが良いのだ。
花を愛でながらウォーキングしていると、
なんだか充実した幸せな人生を送っている気がする。
あれこれ難しく考えても何が幸せなのかわからないが、
歩くだけで幸せだと思えるならこんな安上がりな幸せはないな。
家に帰ってサクランボのことをネットで調べた。
野生のサクランボには虫がついていることがあるので
要注意!! だと書いてあった。
それを見て少し幸せな気分が削がれた。
もうたらふく食べてしまったので後の祭りなのだ。
ネット情報は人を幸せから遠ざけるなあ・・・
2020年05月05日
焚き火の夜は眠れぬ夜
山深い某所で野宿をした。
同行者が一名。
途中立ち寄ったのは、コンビニに数回、ガソリンスタンドに1回
それ以外、まったく人との接触はなかった。
野宿旅の目的は
自然に身を置き
飯を食い、酒を飲み
焚き火をする。
それだけ。
同行者も口数の少ない男なので
それぞれが好きなように時間を過ごす。
夜も更けて薪もなくなったのでテントに入る。
昼間の川のせせらぎの音は耳にここちよいが
闇夜では深く心に迫るものがある。
久々に眠れぬ夜を過ごす。
太古の昔
人は皆、こんな夜を過ごしていたんだろうか。
今回の野宿旅は
面白おかしく楽しいだけの旅よりずっとよかった。
同行者が一名。
途中立ち寄ったのは、コンビニに数回、ガソリンスタンドに1回
それ以外、まったく人との接触はなかった。
野宿旅の目的は
自然に身を置き
飯を食い、酒を飲み
焚き火をする。
それだけ。
同行者も口数の少ない男なので
それぞれが好きなように時間を過ごす。
夜も更けて薪もなくなったのでテントに入る。
昼間の川のせせらぎの音は耳にここちよいが
闇夜では深く心に迫るものがある。
久々に眠れぬ夜を過ごす。
太古の昔
人は皆、こんな夜を過ごしていたんだろうか。
今回の野宿旅は
面白おかしく楽しいだけの旅よりずっとよかった。