2019年04月03日

散る桜、昭和は遠くなりにけり

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散るどころか、まだまだ満開にもならない今年の桜。

そんな今春に新元号の発表がありました。

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うーん・・・まだピンときませんが、昭和生まれだし、亡くなった母の名前が和子だったので、の文字には愛着を感じますね。

昭和35年2月15日に兵庫県西宮市で生まれた私は、次期天皇に即位される浩宮殿下とは誕生日が8日違いの同い年です。
                                          
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兵庫県で暮らしていた幼い頃の私です。

なんだか貧乏な家の子みたいですが、当時はみんなこんなもんです。

それに自慢じゃありませんが、めっちゃ可愛いと近所でも評判の子供だったんです。現在との落差が凄すぎて笑えますけどね。\(-o-)/

そんな私の人生も、平成時代が昭和よりも長くなりました。

でも正直言って、平成という時代はいまひとつしっくりしないまま、それほどの思い入れもないまま、バタバタと過ぎ去ったという印象が強いです。

やはり私にとって昭和は特別なのです。

例えて言えば昭和は幼馴染の親友平成は単なる仕事上の付き合いって感じかなあ。あんまりいい例えになってませんね(-_-;)

私が生きてきた昭和という時代は、まだまだお金やモノには恵まれていなくて貧乏な家もあったと思うけど、真面目に生きていれば暮らしていけるような仕事もたくさんあったし、多くの人が家庭を持って身の丈に合う生活をすることが普通に出来た時代だと思います。

努力や頑張りがそれなりに報われた時代が昭和でした。

戦争体験のあるもっと上の世代は、複雑な違う思いがあるでしょうけどね。

24時間営業の便利なコンビニなんてなくても、ちょっと怪しげなオババが店番をする魅力たっぷりな駄菓子屋があったし、テレビでは大人も子供もごっちゃになって楽しめる番組をやっていました。

パソコンも携帯もスマホもテレビゲームも液晶テレビもネットもSNSも、エアコンやマイカーもない家庭が多く、ないないづくしだったけど、全然不便だとも退屈だとも思わなかった。

もちろんいいことばかりではなくて、公害問題や学生運動、過激派・テロ組織の大きな事件が続いたのも昭和の出来事。

やっぱり昭和というのは、皆が汗と涙と時には血を流した激動の時代だったんだなあ。

高度成長とその後のバブルに浮かれて、あげくの果てにバブル崩壊するまでの、けっこう美味しいところを生きられた私たちは恵まれた世代だったのでしょう。

平成時代はそんな昭和のツケを払わされた、ある意味で不遇の時代だったと思います。

さて来月からはいよいよ新しい時代の始まりです。

まだまだ世の中にはいろんなツケが残っていますが、そこは昭和世代の私たちがしっかり自分のケツは自分で拭いて(汚い例えでスミマセン)、次の世代にバトンタッチする責任があります。

しかも次期天皇の徳仁親王は、私たち同世代のサラリーマンが、そろそろ定年を迎えてのんびり暮らそうか、などと思っているこれから、天皇としての重責を担うことになるのです。

それが宿命とはいえ本当に大変なことだと思います。

それでも「令和」の時代を生きる子供や若者たちが、いつか自分の人生を振り返ったときに、いい時代を生きられて幸せだったと思えるような、そんな時代の象徴になってもらいたいです。

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そんなことを考えながら、平成最後の満開の桜をなんとしても見ておかねばと思う私です。





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posted by おやじカウンセラー at 23:19 | 愛知 ☀ | Comment(0) | 日々の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする