2017年06月12日

自分を知るということ


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竹内成彦先生の新刊は、何度読み返しても、そのたびに新しい気づきがあります。


自分を知れば、もっと楽に生きられる。 - 心理カウンセラーが書いた「幸せの性格読本」 (MyISBN - デザインエッグ社) -
自分を知れば、もっと楽に生きられる。 - 心理カウンセラーが書いた「幸せの性格読本」 (MyISBN - デザインエッグ社) -


そうした気づきや感じたことを、思いつくまま書いてみようと思います。


ただ、初めに言っておきたいのは、あくまで私個人の勝手な解釈や、独断的な見解に基づく意見ばかりなので、あまり生真面目に読まれると気が引けます。


もしかしたら筆者である竹内先生の意図とは、異なる解釈や間違った捉え方をしているかもしれませんしね。


そこをわかったうえで、気楽に読んでもらえれば幸いです。


そしてもうひとつ、この記事は竹内先生の本を読んだ人に向けて書いているので、そうでない人は、『自分を知れば、もっと楽に生きられる。 心理カウンセラーが書いた「幸せの性格読本」』を先に読んで頂くことをお薦めします。





まず、私は間違いなくバリバリの大人タイプです。


前からそう感じていましたが、この本を読んでみて改めて確信しました。


なので、歳をとればとるほど、自分の心と実年齢がしっくりしてきて、子供の頃や若い頃より今現在の方が、うんと安定した心でいられるようになりました。


歳を重ねるごとに、自己一致が進んできた、という感じです。


逆に言えば、昔の私は自分探しばかりしていて、自分が何者なのか、なかなか答えを見つけられずに、とても苦しい生き方をしていました。


今の方がずっと楽な気持ちで生きられています。




そして大人タイプの私は、愛したい人でもあります。


自分ではそれほど自覚していませんが、愛したい大人タイプの私は、結婚して嫁や子供を得たことと、仕事で役職が上がり、部署でトップの立場になったことで、結果的に自分の中の愛したい欲求をかなり満たされています。


ここでいう愛とは、相手の面倒を見たい、コントロールしたい、傘下に置きたいという意味ですが、さらにいえば、自分のもとで成長して、立派に巣立ってもらいたい、という気持ちもあります。


大人タイプの私は、傘を持っている人でもあります。


自分の傘がある私は、人の傘に入りたいとか入れてほしい、と思ったことは一度もありません。


むしろどんな立派な傘であっても、他人の傘なんかには入りたくない、という気持ちが強いです。


そんな私の持つ傘ですが、大きくて立派なのかどうかは正直わかりません。


入りたい人はどうぞ遠慮なく、出ていきたくなったらご自由に、といった感じです。


自分の傘に人を入れることに、それほど執着がないのかもしれませんが、もしかしたら、自分の持つ傘に自信があって、ほっておいてもいくらでも入りたい人はいるはずだ、と思っているのかもしれません。


なにしろ大人タイプは、自分に自信を持ちやすいですから。(-。-)y-゜゜゜



次に、大人タイプはウソをつくのが比較的上手である、ということについては、確かにそう思います。


上手い下手はともかく、私自身はウソをつくことに対する抵抗があまりありません。


社交辞令として、場を丸く治めるため、相手を傷つけないため、相手を気分良くするためのウソは、大人として当然のこと、ぐらいに思っています。


子供タイプの人が上手くウソをつけなかったり、バカみたいに正直だったりして、人を不愉快にしたり、場の雰囲気を悪くするのを見ると、子供じゃないんだからもっと大人の対応しろよ、と思うのは、きっと大人タイプならではでしょうね。



目立ちたがり屋と隠れたがり屋についても少し書いてみます。


これ、正直いうと私はどっちだかよくわかりません。


集合写真などでは、基本的に後ろの端っこが定位置です。


人前でカラオケなどは、もう本当に勘弁して下さいって感じです。


かといって、隠れたがり屋でもなさそうです。


必要があれば人前に出て目立つことも厭いませんし、そういう時は必要以上に遠慮したり、ぐずぐずしないで、さっさと済ませます。


どちらでもないというのが、本当のところでしょうか。



もうひとつ、人から理解されたいわかってもらいたい、という欲求が私は希薄です。


自分が人を理解したい、わかってあげたいという気持ちは強いですが、相手から自分の事をそれほど理解されなくても苦になりません。


しかし、ひとりだけ私のことを正しく理解して欲しい相手がいます。


それは自分自身です。


自分だけは自分の事をちゃんと理解したいし、自分の事を認めていたいし、自分を好きでいたいと思っています。


その次に、家族にはやはり自分の事を、それなりにわかってもらいたい、という気持ちがあります。


それ以外の他人は、まあ理解してくれれば、それに越したことはないけど・・・


という程度です。


いくら他人から理解してもらったり、認めてもらったり、あるいは褒められたりしても、自分で自分をそう思えなければ意味はない、ぐらいに思っています。



最後に、子供タイプについて少し書きます。


この本を読んで、あきらかに子供タイプだと思われる知り合い(男性)の顔が、何人も浮かびましたが、やっぱり魅力ある子供タイプには、愛情をそそいでくれる保護者の存在が必ずありますね。


でも、人格が成熟した魅力的な子供タイプになるのは、かなり難しいと思います。


実際に少ないですしね。


大人タイプなら、そこそこの人格でも、なんとか世の中で居場所が見つけられそうですが、同じようなそこそこの子供タイプは、けっこう苦労するんじゃないだろうか?


特に、大人になってからの生き辛さという意味では、子供タイプの方が大人タイプよりも、それを実感することが多い気がしますが、どうなんでしょうね。


人を愛するのは能動的な行為なので、(最終的に相手が受け入れてくれるか否かという問題はありますが)本人の意思と頑張りで何とかなりそうな気がしますが、人から愛されるのは受け身なので、かなり難易度が高いですしね。


ここらで結論らしきものでまとめておきます。


変えられない性格(気質)は、いかに受け入れ、よい方向に成長させるかが大切。


私も素直に自分の性格を認めて、より成熟したものにしていきたいと思います。


根拠のない自信を持ち、反省なんかしなくて、俺がルールだと思っていて、攻撃的で、おんぼろ傘に人を入れたがり、自分大好き人間で、しかも能力に関係なくリーダーになりたがる、愛のカタチAの私。


そんな私ですが、あえて言います。


あー、大人タイプに生まれて、よかった!









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posted by おやじカウンセラー at 23:29 | 愛知 ☁ | Comment(0) | カウンセリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする