2016年02月19日

全人格労働


仕事先で酷いセクハラを受けながらも 仕事を続けるために それを拒むことが出来ず、結果として心を病み職を失い、夫からも離婚を切り出されすべてを失ってしまった女性。

先日そんな記事を読みました。

人生の一部分であるはずの仕事が、いつしか仕事が人生のすべてとなり、仕事に追い詰められ、仕事に人生を搾取されるような生き方のことを 全人格労働 と呼ぶそうです。

昔から企業戦士とか、モーレツ社員(古い(^^;)などと言う言葉もありました。
しかしかつてはその対象のほとんどが男性であり、しかもその働きの結果得られるものもそれなりにあったのだと思います。

現代の 全人格労働者 は、仕事にすべてを捧げても思うような結果も評価も得られず、ただただ消耗してゆくばかりなのかもしれません。
個人がただの消耗品であるように、企業そのものも社会の中では消耗品になっている現代なのでしょうか。

効率主義や利益追求、顧客至上主義はとどまることを知りません。

頑張れば必ず良い結果が出るはずだ!
結果が出ないのは頑張りが足りないからだ!

一生懸命に仕事に取り組むことは当然のことです。
だからといって、人生のすべてを仕事(会社)に委ねていいわけではありません。

これは雇用する側の問題もあるのでしょうが、最終的には働く側の問題だと思います。
というより、企業や社会が何とかしてくれると期待していても、現実には難しいと思うのです。

組織というものはある意味得体の知れないものです。
一旦動き出した歯車は、簡単には止められないし、方向転換も容易ではありません。

いかに全力を尽くして与えられた仕事やノルマを達成するかを考え、実行し続けることは大切なことです。
と同時に 私は何のために生きるのか という永遠の課題を、常に忘れないように、常に悩み続けなければいけないような気がします。
答えの出ない問いかけですが、悩み続けるからこそ人間なのです。

私自身、所詮いつかは死ぬのですから、せめて自分の人生を、誰かや何かに委ねてしまうような生き方はしたくないと思っています。
ありきたりでつまらない、あるいは惨めでしょぼくれたドラマでも、最後まで主人公は自分でありたいものです。

やはり、たかが仕事、されど仕事・・・です。

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posted by おやじカウンセラー at 01:33 | 愛知 ☁ | Comment(0) | おやじのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする