2015年08月12日

ある夏の日に思ったこと

今日からせっかくの連休に入ったのに、心身ともに調子が今ひとつで、結局寝床でゴロゴロして一日が終わりました。休みの日はとにかく活動するようにしている私なので、こんな休日の過ごし方は珍しいです。それだけ疲れが溜まっていたのだろうと思います。

ゴロゴロしながらテレビを見ていると、1985年の日航機墜落事故の特集をやっていました。もう30年が経ったのですね。

あの事故の日のことはよく覚えています。お盆休みで友人と食事中に、テレビの緊急速報で知ったのですが「これは大変なことになるな・・・」と直感的に感じました。残念ながら私の感は当たってしまい、航空機事故史上、未曾有の大惨事に発展したのは皆さんがご存じのとおりです。

事故の犠牲者の方の無念さを思うと言葉はありません。そしてご遺族や近しい方を亡くした方々の悲しみは、いくら時が過ぎても、決して心から癒されるものではないでしょう。

人生には楽しいことも嬉しいこともたくさんありますが、悲しいことや辛い事の方がずっとずっと多いと思っています。前向きに生きることが大切なのはよくわかりますが、考えれば考えるほど生きることの無情を思わずにはいられません。

暑くて暑くて嫌な今年の夏も、お盆が過ぎ、終わりの気配を感じるようになると、やはり寂しい気持ちになるのでしょうね・・・。

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posted by おやじカウンセラー at 22:43 | 愛知 ☁ | Comment(1) | おやじのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

几帳面とずぼら

こう見えて、どちらかといえば几帳面で神経質な性格です。何事もきっちり細かいこともやっておかないと気が済まないところがあり、独りでバタバタして、結局疲れてしまうことがよくあります。

かと思えば、自分の手に余るようなことは最初から諦めて手をつけなかったり、凄く適当にすませても全く平気なところもあり、几帳面でありながら、かなりずぼらな部分もあるという、自分でもなんだかよくわからないというのが本音です。

本当は徹底的に几帳面にやりたいと思っているのですが、そんな能力はないし、実際にやろうとすれば自分もまわりも不幸になるので、あえてずぼらで済ませるようにしているのかも知れません。

少し前にエニアグラムの診断を久しぶりにやってみたのですが、これまでの結果とはけっこう違っていて、自分の性格がよくわからなくなってきました(*_*;診断した時の状況や気分、ストレスの度合いなどにも影響されるのでしょうか?何となくそんな気がします。

カウンセリングの勉強会などでお会いする方達とは、わりと本音の話をすることも多いので、機会があれば《私》について聞いてみたいと思います。

こんなことを書くのは、おそらくここ最近の自分は、以前よりもずっと自分の役割を意識して生活することが多くなっていて、そんな生活に少々疲れていることと関係があるのでしょうか・・・。

役割を果たすことを優先して生きることは、まわりから認められやすく、自分自身も満足感を得やすいのですが、その反面、《自分自身》がよくわからなくなってしまう危険を持っています。

まわりから与えられる役割ですが、それをどこまで背負い、受け入れるかは、やはり自分自身で判断し、コントロールすべきなのでしょうね。

夜更けに独り静かに書くブログは、少しだけ真面目な話になるようです。

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posted by おやじカウンセラー at 01:29 | 愛知 ☁ | Comment(2) | おやじのつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする