2014年02月07日

人生のゴールを深く考えた夜


昨日6日は午後から仕事を抜け、父親が入院している総合病院に出向いて、担当の医師と今後の治療についての話し合いをしてきました。

高齢なうえにいくつかの持病もあり、それに加えて今回の病気が重なり、なかなか治療方針を一つに絞り込むのが難しいようです。

家族として感情的な思いの部分と、客観的に状況を考えて判断することの両方がないまぜになってしまうことも、なかなか決断がしずらい要因にもなっています。

ただ、最終的には本人の気持ちが最優先なのですが、本人も自分だけではなんともはっきりとしたことは決められず、やはり同居の長男である私の意向が大きく影響することは事実です。

ただ、年齢的にもどのような治療を選択したとしても、劇的に体力や気力が向上するわけではないと思います。
もともと今年の初めに入院する前のここ1年ほどは、加齢や持病の進行でかなりの衰えが感じられていたわけなのですから、今回の治療が功を奏したとしても、その頃の状態に戻れればベストというレベルなのですが、どうしても母親の場合は感情的な思いから希望が大きくなり過ぎて、やや過度の期待を持ってしまっているように感じています。

私自身はあまりにもリスクの高い治療を施すより、対症療法であっても自宅での生活が出来るようにすることを優先させたいと思っていますし、担当医の見解もそのあたりにあると感じました。

とても冷たい言い方かもしれませんが、仮に今回の病気が無かったとしても、父親は人生のゴールを遠からず迎えることになるでしょう。
それならば出来るだけ最後まで、自分の人生を全うしてもらいたいと思います。
今回の治療が上手くいけば、もうしばらくは我が家で穏やかな生活を続けられるという思いは、決して身内としてのただの願望ではないような気がします。

父の病はここのところずっと私の心の中で引きずっている重苦しい出来事ですが、それでも毎日の生活を否応なしにしなければいけないことが、逆に自分の救いになっていると感じる今日この頃です。

良いことも悪いことも辛いことも楽しいことも、同じ自分の人生の上での出来事です。
それを噛みしめながらゴールに向かっているのは、父親も私も同じなのだと感じた2月の夜でした。


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posted by おやじカウンセラー at 01:26 | 愛知 ☁ | Comment(0) | 日々の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする